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- マインドセットとは
人材育成の仕事をしていると、「マインドセット」という言葉をよく使います。 業界内的には、「日本語として通用する英語」と思ってそのまま使っているのですが、ちょっと業界から外れると通じてないと感じることがあります。 今回はこの「マインドセット」という言葉の意味と、人材教育的な面での意義を、もう一度考えてみたいと思います。 目次 マインドセットとは 成功するマインドセット リーダーに求められるマインドセットと企業におけるマインドセット教育 企業(組織)のマインドセット マインドセットを変えるマインドセット教育 成功するためのマインドセットを育む7つの習慣 最後に マインドセットとは 「マインドセット」とは、その人の経験や受けてきた教育などから形成される考え方の癖のようなものだと思います。 「マインドセット(mindset)」という英単語の意味を辞書で引くと、「1. 〔人の固定された〕考え方、物の見方」「2. 〔人の〕好み、習慣」と説明されています。 2つ目の「習慣」が表すように、「その人の行動や思考のパターン」と言った「無意識にやってしまうこと」なのです。 例えば、マインドセットの違いが現れるケースとして、「失敗した時にどのような思考・行動をする傾向があるか」というのがあります。 トーマス・エジソンは、「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの“上手くいかない方法”を見つけただけだ」と言う名言を残しています。エジソンは、「1万回も失敗したから成功する方法は存在しないんだ」と考えるのではなく、「上手くいかない方法を1万通り発見できた」と考えました。この例でいえば、マインドセットは「思考や行動の傾向性」でもあるかと思います。 こうした人の意識や心理状態は、多面的な様々なマインドの「セット」として表現したものがマインドセットです。 したがって、価値観、先入観、信念、暗黙の了解事項、無意識の思い込み(パラダイム)、陥りやすい思考回路などがマインドセットの中に含まれます。 このマインドセットは、その人の職務に必要な知識や技能を明確に意味づけるのに役立つため、人材育成のテーマとしてよく選ばれます。なぜなら、同じ知識や技能を学ぶにしても、その意味や目的を意識するのとしないのとでは、結果に大きな違いが出るからです。 では、仕事に役立つマインドセット、ここでは「成功するマインドセット」と呼びますが、それがどういったものかを考えてみたいと思います。 成功するマインドセット 成功する人としない人の違いは、マインドセットの違いであると、スタンフォード大学心理学教授のキャロル・S・ドゥエック博士は著書でベストセラーとなった『マインドセット「やればできる!」の研究』の中で述べています。 ドゥエック博士は「成長志向のマインドセット」の研究の第一人者です。博士はマインドセットの例として、「解決するにはちょっと難しい問題」を提示されたとき、人間は2種類の思考パターンに分かれると説明しています。 1つは「自分は解けるほど頭が良くない」というあきらめの気持ちを持つ人。もう1つは「まだ解けていないだけ!」というチャレンジや期待を持つ人です。 以前「グリット(Grit)とは」で説明した通り、マインドセットのタイプとして「グロース(成長志向)マインドセット」と「フィックスト(固定的)マインドセット」があります。 常に向上心を持って、ある種の楽観的な部分を持ち合わせて、失敗にもへこたれないタイプが「グロース(成長志向)マインドセット」でした。グロースマインドセットを持ち合わせた人には成功者に多く、他人の評価ばかり気になって、変わらない価値観やこだわりが強い「フィックスト(固定的)マインドセット」の人の中には成功者が少ないといわれています。 マインドセットについて「靴のセールスマン」という有名なたとえ話があります。 靴メーカーで働く2人の営業マンがいました。彼らは上司から「アフリカでの靴の市場調査をしてきてくれ」という命令を受けます。 彼らがアフリカに着いて人々を見ると、靴を履いて生活する習慣をもっておらず、ほとんどの人が裸足ででした。 この状況に2人の営業マンは同じように驚き、上司へそれぞれ別に報告します。 一人の営業マンは上司に対して 「アフリカでは誰も靴を履いていないため、靴の需要はなく販売は困難です。」と報告しました。 もう一人は 「みんな裸足で生活しており、今なら市場を独占できる絶好のチャンスです!」と答えました。 後者は成功を引き寄せることができるグロース・マインドセットを持つ人の発想で、前者はフィックスト・マインドセットであることがわかる事例です。 非常に有名な逸話ですのでご存知の方は多いでしょうが、恐ろしいのは日常において判断を迫られたときに、知識として持っていても、私たちは無意識のうちにマインドセットの影響を受け、自分の人生を決定していることです。 この無意識の判断がマインドセットの根本であることを意識し、改善していけばおのずから成功に近づけます。 問題を効果的に解決できるか、シビアな交渉事や対立を粘り強く乗り越えられるか、そうした点で成長志向のマインドセットを持つ人のほうが勝っており、かつ倫理観が高いこともわかっています。 思考パターンを変更することは簡単なことではありませんが、脳の処理能力の一つですので「やればできる」「必ずできる」ものだとドゥエック博士は説明しています。 “偉人の「名言」に現れるマインドセット” マインドセットは「言葉として言い表されるもの」ではなく、あくまでも「その人の行動や思考のパターン」ですが、発言した言葉の中に現れていることがよくあります。いくつかご紹介いたします。 「成功と失敗の一番の違いは途中で諦めるかどうか」 ~スティーブ・ジョブス 「失敗とは成功する前に止めること。成功するまで続ければ必ず成功する」 ~松下幸之助 「大切なのは、疑問を持ち続けることだ。神聖な好奇心を失ってはならない。」 ~アルベルト・アインシュタイン 「漠然とした不安は、立ち止まらないことで払拭される」 ~羽生善治 「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。」 ~王貞治 リーダーに求められるマインドセットと企業におけるマインドセット教育 成長志向のマインドセットが組織にプラスに働くと言われる理由は、マインドセットが周囲にいる人にも伝染するからです。例えば、上司やリーダーのマインドセットは態度などで部下などに大きく影響します。 リーダーになる人には「リーダーシップ」がないといけません。リーダーシップは、命令や指示を出すのではなくリーダー自らが行う行動で、部下や後輩を導くことが大切です。 「リーダーに必要とされるマインドセット」として、次の4つがよく挙げられています。 変化 率先 指導 倫理と思考 この中でその人が意識を変えることで実行しやすいのが「変化」と「率先」です。 自分が変化し、率先して物事に取り組む姿勢は、他の人の心を動かします。例えば「難易度が高い仕事を率先してやってみせる」とか、「新たなビジネスやプロセスを積極的に取り入れる」などをリーダー研修に取り入れて、リーダーや社員のマインドセットを改善していけば、その組織は活性化し組織そのものの成長につながるはずです。 企業(組織)のマインドセット 組織のマインドセットとは、その組織構成や歴史を背景に、企業戦略、経営理念や経営ビジョン、製品やサービスの方向性などを指します。つまり、企業の意思決定のうえで重要な役割を担っており、今後の達成目標や対象とする相手、利用できる手段等を定める際の指針となるものです。 組織のマインドセットを形成する要素として代表的なのは、以下の3つです。 製品特性、事業特性 戦略、ビジョン、企業理念 企業が経験してきた出来事 「製品特性、事業特性」の例でいえば、業態や取り扱う商品によっては、近年販売サイクルや新商品開発のスパンが短くなり、意思決定のスピードを早くする必要があります。そのため、内部の人間にはリスクや意見対立を恐れない組織文化が求められます。 「戦略、ビジョン、企業理念」は経営者やリーダーが率先して明確でわかりやすいビジョンを作り、組織に知らしめることで、その組織がそのビジョンに沿って行動すべく強固なマインドセットを形成するようになります。 「企業が経験してきた出来事」はわかりやすいと思います。事故や業務上のトラブルが原因で、それまでのマインドセットのありかたを失ってしまったり、方向性が真逆になったりすることがあります。ベンチャー時代、若いメンバーで構成された企業が、素早い意思決定で素晴らしい製品をたくさん作っていたとします。しかし、若さだったり経験だったり意思決定が速すぎたりして慎重さを欠いた結果、対外的に信用を落とす事件を起こしてしまうこともよく聞きます。そのことが原因で、その経営者が慎重になりすぎ、以前ほどのスピード感を保持できなくなるかもしれません。こうなると企業としてのマインドセットは変化してしまいます。 マインドセットを変えるマインドセット教育 マインドセットとは思考パターンや行動様式ですが、端的に表現すれば「考え方のクセ」と言えます。「クセ」となると、なかなか直すのが難しい感じですが、ドゥエック教授によると「簡単ではないが、教育でマインドセットを変えることはできる」と説明しています。 例えば、マインドセットを「成長志向のマインドセット」に変えたい場合、いくつかの決めごとを意識的に実行していく姿勢が大切です。そのために「PDCAサイクル」に当てはめて実行していくのが効果的と言われています。 ※PDCAサイクルとは生産管理を行う上での手法です。 Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)のサイクルで安定かつ安全に生産を行えます。 PDCAサイクルを使ってマインドセットを変えるのに必要な5つのステップ 目標や望む姿を言語化してみる 漠然としたイメージをできるだけ明確なビジョンとして言語化し、意識に定着化します。その時にできれば時間軸まで考えてより具体化して言語化します。 記録する 言語化したビジョンを日々書き記すことで最初の気持ちを意識し続け、自己に定着させる効果があります。これには日記が最適です。その日の行動を振り返り、評価し、改善点を考えるというPDCAを実践します。 フィードバックをもらう クセは無自覚に行ってしまうものなので、自分では気づかないものです。何か目標を立てたときには周囲にチェックしてもらうように頼んでみるといいようです。考え方のクセが治ってないようであれば、周囲から指摘してもらうようにしましょう。 目標に沿って軌道修正をする 実践を続けていけば、目標は現実に近づいていき、より高度なものへ目標も成長していきます。しかし、それが高すぎると現実の状況に合わなくなることもあると思います。あまりこだわりを持たずに、現実に合わせて少し軌道修正を行う姿勢が大切です。 “マインドセットを変える際の注意点” 「年寄は頑固」と言いますが、マインドセットは年月を経るほどに強固なものになるものです。 個人の中で凝り固まってしまったマインドセットを、急激に変えようとするとストレスを感じてしまいます。ある程度の適度なストレスは成長を促すとは思いますが、過度なストレスは自己否定や挫折につながり、逆にコチコチのフィックスト・マインドセットになっていしまう可能性もあるようです。 マインドセットを変える際は、自分の気持ちと相談しながら徐々に実践し、逆効果とならないようにすると良いかと思います。そして、こうした変化は「一生続くものなのだ」と受け入れ、成長を止めない意識付けも必要です。 また、組織のマインドセットを変える場合は、ある程度の時間をかけないと現場が混乱します。組織の人員は、既にそれまでの経営者やリーダーの影響を受けていることを考慮して、現場が混乱しないように慎重に進める必要があります。 成功するためのマインドセットを育む7つの習慣 良いと思ったら、やってみよう 良いとを頭で理解していても、実際に「やる」ところまで行かないものです。良いと思うことを、継続的に実践できる人の中から成功者が生まれるのです。 どうしたらできるか?を考えよう 新しいことをスタートする時や、物事がうまくいかないときにどう考えるかというのは、マインドセットの典型的な事象です。 「時間がないからあきらめよう」「失敗をしたら迷惑をかけるのでやめておこう」と、ネガティブに考えてやめてしまっては成功できないのは当然です。成功をつかむためには「うまくいくためにどうしたらできるか」「どうしたら前進できるか」と前向きに考えるべきです。 失敗を恐れずに取り組む 失敗を恐れるあまり、行動を抑制してしまうとうまくいかないものです。失敗を恐れず行動を続けるためには、思考を変えるコツがあります。 それは「成功とはなかなか手に入らないもの」だと認識し、「今うまくいかない結果は、成功の途中経過であり、成功につながるヒントだ」と思うことです。また、他人の評価は気にせず、自分の中でぶれずに行動を起こし続けることで成功につながります。 「すぐにやる」習慣をつける 「すぐにやる」というのは、どの成功者も口にします。「とっととやる」ことで機会損失を減らし、解決でき得る問題点を早く片付けることができますので、成功までの間にある障壁を一つでも少なくすることができます。考える前に行動を起こすことを嫌う人もいますが、考えてしまうとリスクばかり気になってやめていがちなので、すぐにやる人の方が、結局何もしない人よりも確実に成功に近いと言えます。 学びと成長に貪欲になろう 近年のビジネスシーンの変化の速さに対応するには、この「常に学びや成長を求める」という姿勢が不可欠です。そして、その姿勢を貫くためにも、楽しみながら試行錯誤を繰り返し学び続けることが大切です。この学び続け、成長を実感しながら積み重ねることが、他の人との「差」となり、成功へ近づくのです。そのためにも、必要な新たな学びのための時間やお金の投資も惜しむべきではありません。 「やる」だけではだめ、「やり抜く」ことが大切 「継続は力なり」という言葉が示す通り、一度始めたことをやり抜くことができる人はあまり多くなく、そこに成功者との「差」が生じています。④「すぐにやる」というマインドセットと同様に、「やり抜く」というのもセットで身に付けましょう。 その為には、⑤の成長に貪欲になるということと、③の失敗恐れないというマインドセットが大切です。 また、やり抜くには情熱も大切な要素です。情熱が持てることでなければやり抜くことは難しいでしょう。 自分の人生に責任を持とう 成功するためには、自分の中に「軸」を作り、責任を持って判断し、行動することが非常に大切です。周りの人の評価や批判的な意見は大切にすべきことですが、あまりにとらわれ過ぎて、二の足を踏んだり、続けられなかったりすると大きなマイナスです。成功をしたいのは自分自身ですし、行動をするのも自分なので、すべての責任は自分に返ってきます。そのうえで、自分を信じて行動することが成功には大切な要素なのです。 “(参考)ヒンズー教の教えに見るマインドセット” ヒンズー教の教えにある下記の一文は、まさにマインドセットの大切さを表現していると言えます。 心が変われば、態度が変わる。 態度が変われば、行動が変わる。 行動が変われば、習慣が変わる。 習慣が変われば、人格が変わる。 人格が変われば、運命が変わる。 運命が変われば、人生が変わる。 この「心」を「マインドセット」として言い換えればいいわけです。マインドセットが変われば、思考と感情のパターンが変わり「態度」として現れ、そこから生じる「行動」が変わるのだと。「行動」が変わり続ければそれは「習慣」であり、様々な変化を生み出して、最終的には「人生」が変わっていくのだということですね。 最後に 意識高い感じのするマインドセットという言葉は、人によっては「なんか胡散臭い話」のように感じるかもしれません。しかし、マインドセットを「思考と感情のパターン」と理解し、自力で変えるのだという強い気持ちを持って取り組めば、その努力は最終的に「人生そのもの」を変える可能性もあるのだという事ではないでしょうか。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- ラテラルシンキングとは
ビジネスの世界では、論理に沿う筋道をしっかり立て、ものごとを深く掘り下げる「ロジカルシンキング(論理的思考)」がもっともスタンダードな思考法として、長い間求められてました。そのため、弊社の教材ラインナップでも、ロジカルシンキング関連の教材は豊富です。ロジカルシンキング以外にも「クリティカルシンキング」なども教材化されています。 しかし最近では、これらの思考法よりも、「ラテラルシンキング」が「新たな発想やイノベーションを生み出す」と話題になっています。 今回は、このちょっと風変わりな「ラテラルシンキング」についてまとめてみたいと思います。 目次 ラテラルシンキングとは ロジカルシンキングとの違い ラテラルシンキングを組み合わせることによりメリットが生まれる ラテラルシンキングの例題 ビジネスでの事例 最後に ラテラルシンキングとは 英語「ラテラルシンキング(Lateral thinking)」は「水平思考」と訳されます。 1967年にイギリス人の医師エドワード・デボノが提唱した思考法で、彼の定義によれば、ラテラルシンキングは「どんな前提条件にも支配されない自由な思考法」であり、「思考の制約となる既成概念や固定観念を取り払い、水平方向に発想を広げる」という意味合いからラテラル(水平)という言葉が使われたようです。 ラテラルシンキングの定義を簡潔に言えば、「前提を無くして、水平方向に発想を広げる思考法」です。その自由な発想が斬新で、ユニークなアイデアや発想を思い浮かぶのに向いていると言われています。この斬新でユニークな発想でイノベーションを起こしたり、すでにあるものを組み合わせて新しいアイデアを生み出すといった発想が生まれやすくなるのでしょう。 ロジカルシンキングとの違い ラテラルシンキングとロジカルシンキングは相互補完の関係にあり、組み合わせることで思考の幅も広がると言われています。 では、ロジカルシンキング(論理的思考)との違いは何なのでしょうか?簡単にロジカルシンキングのおさらいをして見たいと思います。 ロジカルシンキング(論理的思考) ロジカルシンキングは「論理的思考(logical thinking)」ともいわれ、理論的に決められた枠組みに当てはめて、筋道立てて問題の解決策を生み出す技法のことです。 ラテラルシンキングとの違いは、キモである思考の前提と、考えを進める過程にあります。 ロジカルシンキングは、別名「垂直思考」とも呼ばれるように、既成の概念をもとに、論理に沿う筋道をしっかり立て、垂直に深く掘り下げるので、論理的に正しい結論は1つになるようになっています。 具体的には、思考プロセスが「前提」→「推論」→「結論」という筋道を辿ります。 まずは「A」という前提を置き、その後「AだからB」「BだからC」という推論を辿った結果「結論はCである」という答えに辿り着くのです。 したがって、ロジカルシンキングは前提(=A)の置き方次第で結論が変わってしまいます。そしてロジカルシンキングはA(=前提)そのものの置き方を教えてくれるわけではなく、思考するものが自分で設定しなくてはいけません。 一方、ラテラルシンキングは既成概念をいったん捨てて、多角的な視点と自由な発想で創造的な問題解決を図るので、結論は1つではなく、いろいろ出てきます。つまり「前提(=A)の置き方」に着目し、前提そのものを覆す発想をすることで、これまでにない新しいアイデアを生み出そうとする思考法なのです。 クリティカルシンキング(批判的思考) 「クリティカルシンキング(critical thinking)」は、別名「批判的思考」と言われるように、まず「本当にそうなのか?」と疑ってかかるところから始まる思考法です。思考する前提や過程、論理に渡って真偽を問い続けながら思考していくのです。 クリティカルシンキングではものごとの対し、常識や倫理に従い「これでいいのか」「本当にそうなのか」と問いかけながら思考を進めていくので、固定観念にとらわれた思考プロセスを踏むのが特徴です。 対してラテラルシンキングは、既成概念や常識の枠を外して、「なんでもあり」で多角的にとらえて自由に思考します。 ラテラルシンキングを組み合わせることによりメリットが生まれる ロジカルとラテラルは相互補完の関係、クリティカルで精度を高めると言われています。両者は特徴が異なる思考法であり、それぞれ強みを発揮できる分野が異なるからです。 既に説明した通り、ロジカルシンキングは筋道のある現実に即した問題解決に強みを発揮する思考法、ラテラルシンキングは「今までにない新しい発想や問題解決」に向いています。 そのため、まずはラテラルシンキングで幅広く思考し、次にその中からロジカルシンキングで正しい1つの結論に導く形で活用することで、思考法として相互補完することができると奨められます。そして最後の確認に、クリティカルシンキングで今一度疑って考える事で、精度の高い結論に導くことができるのです。 ラテラルシンキングの例題 では簡単な例題を用いて、ラテラルシンキングの思考を体験してみたいと思います。 まず、ラテラルシンキングの説明で定番で使われる「オレンジの分け方」という例題をご紹介します。注目して欲しいのは、使う思考法によって解答例が異なっていることです。 クイズのようなものなので、ご自身でも考えてみてください。 例題1「オレンジの分け方」 “3人の子供に13個のオレンジを公平に分けるにはどうしたらいいでしょうか?” いかがでしょうか?ご自身の考えはまとまりましたか? この例題を「ロジカルシンキング」で考えた場合、こんな感じの解答例が出るかと思います。 ロジカルシンキングでの解答例 解答例1:オレンジを1人4個ずつと残りの1個を、3等分に切り分けて与える 解答例2:1人4個のオレンジの重量を計り、残りの1個を1人当たりの総重量が同じになるように切り分けて与える これらの解答例は、「今すぐ分け与えなければいけない」、「公平に分けなければいけない」といった常識を前提に論理的に考えられた結論です。 前提としての常識や枠組みは「数や重さで均等に分けなければいけない」という点になります。 それでは、ラテラルシンキングで考えた場合の解答例をご紹介します。 ラテラルシンキングでの解答例 解答例3:オレンジをジュースにして3等分する 解答例4:オレンジを1人4個ずつ分け、残り1つの種を植えて実ったオレンジを同じ数ずつ分ける 何ともユニークな解答ですね。「そんなのありかよ!」と言いたくなります。 これらには、先の2点の解答にあったような「前提」がなく、「オレンジをミキサーでジュースにする」という新しい方法と、時間的制限をなくして「将来的に」という自由な発想から結論を導いています。 こうしたラテラルシンキングの特徴として、以下が挙げられます。 ラテラルシンキングの特徴 思考するときに既成概念や常識、固定観念といった前提を意識的に排除してから進める 結論を導く過程は問題にしないため、ひらめきのような一気に結論に辿り着く場合もある 問題解決になれば、どれも正解として複数の結論があっても良しとする(最終的にその中からベストを選べば良い) 既成の枠を取り外して思考するため、今まで思いつかなかったような結論を導くことができる 実行した結果、大きな成果が出る場合と出ない場合がある もう1問、有名な問題があります 例題2「アイスクリームとゴミの問題」 “あるテーマパークでは、アイスクリームを販売しています。 アイスクリームはよく売れていますが、食べた後のカップやスプーンが付近の芝生に捨てられることが多く、テーマパークは頭を悩ませていました。 良い解決策を考えてください。” ロジカルシンキングであれば、「ゴミ箱をたくさん設置する」などの解決策をイメージしたかもしれません。 しかしこの例題で用意されているラテラルシンキング的な解答は、まさに目からうろこです。 ラテラルシンキング的な解答例 「カップ自体も食べられるようにする(またはソフトクリームにする)」 実は、これはソフトクリームの誕生秘話としてよく語られるエピソードなんです。 実話ながら、ラテラルシンキングの「問題設定を疑う」を実行しています。 事実として、売上が上がれば上がるほどカップとスプーンは多くなり、ゴミ箱はあふれ、問題の規模が大きくなってしまいます。つまり、通常の「ゴミ箱を設置する」という解答は、根本的な解決にいたりません。 であれば、問題設定そのものを疑い「そもそもゴミが出ない売り方をするには?」という「問題設定の転換」が思考の過程でできれば、「ゴミの出ないソフトクリームを売る」という発想が出てきやすくなると思います。 現実問題として、コストの面でも、ソフトクリームを開発できればそもそもゴミがでないで、ゴミを回収するコストやゴミ箱設置のコストも不要になります。さらにソフトクリームの売上がどれだけ上げっても、そもそもゴミが出ない以上、ゴミに関するコストは考えなくてよくなります。つまり「ソフトクリームを売る」という発想は「ゴミ問題」の根本解決になったのです。 ビジネスでの事例 ソフトクリームの例の他にも有名な話があります。例えば、任天堂の「ゲームウォッチ」は「ラテラル・シンキングの産物」と言われています。 「ゲームウォッチ」は私の子供時代の人気商品でした。私も「パラシュート」「ドンキーコング」などを持っていて、近所の子供と貸し借りして遊んだものです。また子供だけでなく、サラリーマンにもよく売れた商品です。その後「ゲームボーイ」や「ニンテンドーDS」などの「携帯(ポータブル)ゲーム機」に進化して、任天堂に多大な利益をもたらしたのはご存知の通りです。 ゲームウォッチ開発の、どこがラテラルシンキングポイントかというと、「液晶を利用したこと」です。 当時は液晶の利用先は主に電卓くらいでした。液晶を生産していたシャープ社内では「液晶の新たな転用先」を探していました。 一方、のちに任天堂のレジェントと言われる、横井軍平氏(当時は開発第一部部長)は、新幹線の車内で電卓を叩いて暇つぶしをしている人を見て「暇つぶし用の小さなゲーム機が作れないものか」と思いついたそうです。当時のゲーム機は「テレビにつないで使うもの」というイメージもありました。 その「液晶の新たな転用先」と「ゲーム機の小型化」というテーマが出会うことによって、後に1000万台以上売れることになる小型携帯ゲーム機が生まれました。 また、ゲームウォッチの大ヒットに伴い、横井氏の哲学である「枯れた技術の水平思考」という言葉も、ラテラル・シンキングの特徴を表す言葉として有名なものとなりました。 最後に これまで主流だったロジカルシンキングの発想だけでは、他社との差別化が難しくなってきました。今後は、ラテラルシンキングによる斬新な発想で、競争に勝ち残るイノベーションを起こす必要性がますます高まっています。 企業戦略として、新たな方向性を見出してイノベーションを起こしたい場合だけでなく、これ以上の成長が見込めないような飽和した成熟市場においても、水平思考によるあらたな活路が見いだせるかもしれません。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- リカレント教育とは
今回のコラムのテーマは「リカレント教育」です。キャリアアップに必要なスキルを身につける方法として、「リカレント教育」が非常に注目されています。企業にとって、社会人経験を経てからの「リカレント教育」は、学習効果による自己成長が仕事に直結するというメリットがある反面、制度的な調整が難しく、実施に踏み切れていない企業も多いようです。 今回は、「リカレント教育」の概念の説明と、その具体的事例をご紹介します。 目次 リカレント教育とは リカレント教育のメリット 欧米のリカレント教育 日本のリカレント教育の課題 日本のリカレント教育の施策 最後に リカレント教育とは 教育は人生の初期(義務教育)だけで終わるのではなく、生涯に渡って続けていくことが大切で、必要に応じて個人が就労と学習を交互に行うことが望ましいと言われています。「リカレント教育」とは、広義で言えば、「社会人になってからも、学校などの教育機関に戻り、学習し、また社会へ出ていくということを生涯続けることができる教育システム」のことを指します。 もともとは、スウェーデンの経済学者ゴスタ・レーンが初めに提唱し、1973年に経済協力開発機構(OECD)の教育政策会議で取り上げられ、国際的に知られるようになりました。 「リカレント教育」についてOECDでは、すべての人に対して、「義務教育や基礎教育終了後のフォーマルな学校教育を終えて、社会の諸活動に従事してからも、個人の必要に応じて教育機関に戻り、繰り返し再教育を受けられる、循環・反復型の教育システム」が提唱されました。また、「教育に関する総合的戦略であり、その本質的特徴は、個人の生涯にわたって教育を交互に行うというやり方、すなわち他の諸活動と交互に、特に労働と、しかしまたレジャーおよび隠退生活とも交互に教育を行うことにある」とも説明されています。 ちなみに日本の文部科学省によると、「リカレント教育」以下のように説明されています。 “「リカレント教育」とは、「学校教育」を、人々の生涯にわたって、分散させようとする理念であり、その本来の意味は、「職業上必要な知識・技術」を修得するために、フルタイムの就学と、フルタイムの就職を繰り返すことである。 我が国では、一般的に、「リカレント教育」を諸外国より広くとらえ、働きながら学ぶ場合、心の豊かさや生きがいのために学ぶ場合、学校以外の場で学ぶ場合もこれに含めている。” では、就労と学習を繰り返すリカレント教育には、どのようなメリットがあるかを考えて見たいと思います。 リカレント教育のメリット 「リカレント(recurrent)」という単語自体はあまり聞きなれている言葉ではありませんが、日本語では「反復、循環、回帰」を意味する言葉です。したがって日本では、「回帰教育」とか「循環教育」、「学び直し」と訳されることもあります。 OECDの提言は、働き方が多様化し続ける社会に適応するためには、生涯を通じての教育が必須であり、これまで人生の初期にのみ集中していた教育へのアクセスを「血液が人体を循環するように、個人の全生涯にわたって循環させよう」と言っています。そういった意味では「循環教育」というのが、しっくりくるかもしれません。 現実の問題として、急速に進化し、あっという間に陳腐化する既存の職業技術や知識を仕事をしながらキャッチしていくのは大変です。であれば、従業員がフルタイムの就学とフルタイムの就職を交互に繰り返すことによって、アップデートしていくリカレント教育のスタイルが、企業内教育の穴を埋め、学習ニーズを満たすシステムとして必要になってきます。 文部科学省は、「特に職業人を対象として高等教育機関が実施する職業指向の教育(リフレッシュ教育とも呼ばれる)の拡充について、大学等に寄せられる期待は大きい。」と、積極的にバックアップする姿勢を見せています。 社会人経験を経てからの「リカレント教育」は、学習効果による自己成長が仕事に直結します。 具体的なメリットとしては、 最新のスキルのアップデート、専門的なスキルを身につけることが出来る 新規分野への挑戦や、人材が不足している分野など、新たなキャリアに挑戦するきっかけになる 学習中に得た新たな人脈による刺激や意欲が、仕事でのモチベーションやイノベーションに活かされる 就労の経験を踏まえて学習するので、専門知識・技術の習得のペースはゼロから学習するよりも抵抗なく、要領良くできる スキルが上がり、労働者の生産性が上昇することで、賃金が上昇する効果がある 経営環境やビジネスモデルの変化に伴い、企業が従業員に求めるスキル・知識も変化すると思います。それらの変化に対応する人材を確保する手法として、企業はリカレント教育を推奨するのも有効です。 何よりも、パーソナリティを知っている既存社員がスキルをアップデートして戻ってきてくれる方が、不確定な採用を行うよりリスクは低いかもしれません。 欧米のリカレント教育 労働市場の流動性が高く、キャリアアップのために学習機関で教育を受ける習慣の強い欧米では、本来のリカレント教育の概念に近い取り組みが進んでいます。 企業側も、就労中に学習機会が必要となった場合は、比較的長期間にわたって正規の学生として就学することを推奨する風土ができつつあります。日本のビジネスマンの自己啓発とは違い、フルタイムの就学とフルタイムの就労を交互に繰り返すことができるのです。これこそ「リカレント教育」の概念にマッチした循環スタイルです。 具体例としては、スウェーデン、フランス、イタリア、ベルギーなどでは有給教育制度があり、アメリカではコミュニティカレッジが盛んです。 スウェーデンのリカレント教育 スウェーデンのリカレント教育に関わる成人教育機関・制度は多岐にわたります。運営は、国や自治体行っているケースが多く、EU加盟国らしく、移民向けのスウェーデン語教育や高度職業教育なども用意されています。自治体に資金を割り当てて、Komvuxという成年教育学校のシステムもあります。 推進するための法制度も以下のように整備されています。 教育休暇法 在職者が2年以上、教育訓練のための就学休暇を取れる権利と、その後の復職の権利を保障する法律。 成人教育義務資金法 労働市場訓練を受けている者に支給する「労働市場訓練手当」と初・中等教育レベルの学習を希望する低学歴の成人に支給する「成人学生手当」。 高等学校教育の実質的義務教育化 行政が義務教育が終わった人に高等学校教育を提供する義務付けと、20歳6か月までにKomvux(公立成人学校・成年教育学校)での高等学校教育を受ける権利を保障。 スウェーデン政府は、議案「成人の学習と成人教育の発展」を国会で承認しました。そこには「全ての成人は、人格の成長、民主主義と平等の実現、経済成長、雇用、正当な再配分を促進するという目的で、知識を広げ能力を発展させる可能性を与えられるべきである」ことが示されています。 日本のリカレント教育の課題 日本は、昔から続く長期雇用の慣行があるため、社会人になってから正規の学生として学校へもう一度戻って学習するという、「本来の意味でのリカレント教育」は馴染みにくい状況です。 仕事に必要な技術や知識は、キャリアを中断して外部で学ぶのではなく、就職した企業内で業務と並行して習得していくという状態が多いようです。そのため、日本のリカレント教育の概念は、海外より広く解釈し、企業などで働きながら学ぶ場合や、職業志向よりも心の豊かさや生きがいのための生涯学習などを含んで「リカレント教育」としているようです。 また、社会人が受講できる教育機関や生涯学習関連機関、カリキュラムも未だ不十分と言えます。また、公的な補助や支援制度、関係機関の連携は未発達な部分が多く、労働を中断して教育に参加することが難しい現状があります。 そもそも欧米のような有給教育制度がある企業は、日本ではほとんどありません。企業からリカレント教育の機会が得られたとしても、教育費用が増大した場合の行政からの支援や給付金が少ないと、学習者の負担が大きくなるリスクも懸念されます。この状態では学習者も仕事を中断して、学生に戻ることはできません。 現在、文部科学省や地方自治体では、生涯学習審議会や生涯学習センターなどを設置し、「生涯学習社会」の実現に向けて動いている流れがあり、今後この流れの延長で、社会人が学びやすい環境が整備されていくのか注目されます。 日本のリカレント教育の施策 2017年11月、安倍首相は第3回「人生100年時代構想会議」の席上で「リカレント教育」の拡充と財源の投入を宣言しました。 平成30年度の文部科学関係予算のうち、リカレント教育向けの予算は総額で106億円で、前年より6億円増加しました。使い道としては、教育訓練給付金制度を設けたり、介護や育児など様々なライフステージでも社会人として活躍できるための支援として、リカレント教育に関する予算を増やすなどの施策を行っています。 他にも、専修学校による地域産業中核的人材養成や男女共同参画推進のための学び・キャリア形成支援などがあります。ただ環境的に、まだまだ欧米のように「循環教育」としてのリカレント教育は少ないです。 現時点でもリカレント教育が受けられる教育機関としては、大学の社会人入学制度の多様化が挙げられます。社会人特別枠入試、社会人特別選抜制度、科目等履修生制度、夜間部・昼夜開講制度、通信教育、公開講座、専門職大学院、サテライトキャンパスなどです。 社会人特別枠入試は多くの大学で実施されており、政府の進める専門実践教育訓練給付金の支給対象のものもすでにあります。 筑波大学東京キャンパス社会人大学院のビジネス科学研究科などは、日中働いている人が通うことを前提にした夜間講座です。 大学以外にも、高等学校や専門学校、高等専門学校でも、公開講座という形でリカレント教育の取り組みを行なっている学校もあります。 地方で働いている人など、近場で学べないない人には、通信という手もあります。放送大学では、オンラインやビデオ受講がメインで300科目を開講しており、臨床心理士、司書、学芸員、社会福祉主事などの資格も狙えます。 日本女子大学では、再就職支援に特化したシステムの開講もあります。 リカレント教育に対応した教育機関とプログラム こうした政府主導の環境の整備の効果もあり、徐々に企業側にもリカレント教育の重要性を認識し始めたようです。 背景としては、転職でのキャリアアップや女性の社会進出の増加によって、職業技術や知識を外部の教育機関で学習したいという人材側のニーズが出てきたことが考えられます。 特に女性は、産休育休を挟んでもキャリアを積みたいというのであれば、企業内教育で継続的に仕事上必要な技術や知識を身につけることは難しいので、自らのキャリアパスに合わせて、自ら学習機会を作ることが求められてきます。 こうしたニーズに企業側が答えられなければ、自己研鑽意識の高い人材の流出というリスクを抱えなくてはいけません。今後は官民一体となって、リカレント教育のフレームを作っていく必要があります。 “「人生100年時代」 「人生100年時代」という言葉は、ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏の両氏が、著書「LIFE SHIFT(ライフシフト)100年時代の人生戦略」の中で提唱しました。 この本の中で、過去200年間の統計を分析すると、人類の平均寿命は確実に延びていくと予測し、寿命が100年の時代(=人生100年時代)になることから、これまで寿命を80年として考えてきた人生設計を、抜本的に考え直す必要があると訴えています。 これを受け厚生労働省は、人生100年時代を見据えた経済社会システムを創り上げるための政策のグランドデザインを検討する会議として、2018年9月以降「人生100年時代構想会議」を行っています。” 最後に 教育は人生の初期だけで終わりではなく、生涯にわたり続けていくことが重要であり、必要に応じて個人が就労と交互に行うことが望ましいとOECDは提言していました。 しかしながら日本では、仕事に必要な知識・技術の習得は、長期雇用を前提とする企業内教育に大きく依存してきました。しかし近年は非正規雇用の増加など、従来の雇用形態が揺らぎ始めており、いつでも誰でも、主体的に学び直せるリカレント教育の機会がより必要になっています。関連施策や受け入れ機関のさらなる整備が求められます。 今後、急速な少子化高齢化により、労働力人口の減少が懸念される一方で、健康寿命が延び、100歳まで生きることが普通になる「人生100年時代」がやってきます。 2017年に首相官邸で開催された「人生100年時代構想会議」では、すべての人に開かれた教育機会を確保し、何歳になっても学び直しができるリカレント教育の重要性が確認されました。 今後政府は、経済的な事情などで進学できなかった人や、出産、育児で退職した女性、または定年退職した高齢者などが「いつでも学び直し・やり直しができる社会」を目指すとして、文部科学省は18年度の予算において、リカレント教育や職業教育の充実に取り組む大学および専修学校等への支援にあてる予算を増額するなど、具体的な対応を進めています。 個人的には、リカレント教育や職業教育の充実は、日本のビジネスシーン全体のスキルアップに必須であり、人間が充実した人生を送れるためにももっと重視してもらいたいと思います。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- モチベーション3.0とは(Part1)
「モチベーション3.0」という言葉を耳にされたことがありますでしょうか? 2010年くらいからアメリカのIT関連企業を中心に、注目、導入されている人材マネジメントに関するキーワードです。 「モチベーション3.0」とはダニエル・ピンク氏の著書「モチベーション3.0 持続する『やる気!』をいかに引き出すか」で定義されている言葉です。 Web2.0など「言葉の意味の変化をバージョンで表す」のが流行っていますが、「モチベーション3.0」もその類です。 今回はこの「モチベーション3.0」というキーワードについて、簡単にご紹介してみたいと思います。 ※ちょっと長くなってしまったので、3回に分けて掲載させていただきます。 目次 ダニエル・ピンク氏について モチベーションの分類 モチベーション2.0の盛衰~新しいオペレーティングシステムの誕生 アメとムチが(たいてい)うまくいかない7つの理由 最後に ダニエル・ピンク氏について 「モチベーション3.0」の説明の前に、まず著者のダニエル・ピンク氏についてどんな人物かをご紹介したいと思います。 ダニエル・ピンク氏は、クリントン元大統領など著名人が卒業したエール大学ロースクールで、法学を勉強し、ゴア元副大統領のスピーチライターとして活躍した人物です。 今ではベストセラー作家として活躍しており、「ハイコンセプト、新しいことを考え出す人の時代(三笠書房)」を書店で目にした方は多いのではないでしょうか。 「ハイコンセプト~」では、世界20か国語に翻訳され、日本語訳は大前研一氏です。 わかりやすくウィットにとんだ文章で、日本でも人気が高い作家です。また、日本のサブカルチャー、特に漫画については来日して研究し、本を出版するほど詳しい人であります。 2010年発売の「モチベーション3.0 持続する『やる気!』をいかに引き出すか」は同じく大前研一氏が翻訳してますが、原題は「Drive:The Surprising Truth About What Motivates Us」となってます(※アメリカでは2009年発売)。この本では、従来のモチベーションの定義やインセンティブの手法によるやる気喚起が果たして良かったのかを検証し、その間違いを立証する内容となってます。単純に給与を上げれば、問題が解決するというわけもなく、「アメとムチ」を基本にした従来の外発的動機づけ(モチベーション2.0)では、効果を期待できないばかりか、7つの致命的な欠陥があると指摘しています。 本の宣伝用コピーにはこのように書かれています。 “モチベーションについて信じられていることの大半が、とてもではないが真実とは言えない……これを本書で示したい。厄介なのは、動機づけについて、多くの企業が新しい知識に追いついていないという点だ。今なお、きわめて多くの組織が、人間の可能性や個人の成果について、時代遅れで検証されていない、科学というよりほとんど俗信に根ざした仮定に基づき運営されている。目先の報奨プランや成果主義に基づく給与体系がその例だ。” 人材育成や企業内教育に携わる者にとってはかなり興味をそそるコピーですが、仕事や自己啓発などに積極に取り組む自律した人材を育てたい方にぜひ読んでいただきたいと思います。 では、まずは「モチベーションの分類」について考えるところからスタートです。 モチベーションの分類 モチベーション3.0が注目される背景には、現代の社会状況や会社組織の変化があります。現代は以前より従業員がモチベーションを維持することが難しくなった、モチベーションは湧きにくいと訴える経営者が増えているようです。 半面、企業が求めるモチベーションの高い人材へのニーズは高まりを見せています。激しく変動する環境に適応し、指示されたことをただこなすだけでなく、自分でモチベーション高く自律的に行動ができる人材を育成すべく、企業はさまざまな施策を行っています。 こうした変化から、メンバーのモチベーションを維持管理”する・させる”ための方法として、やる気を引き出す動機付け「モチベーション3.0」に注目が集まりました。 「モチベーションx.x」とは、「モチベーション」という言葉を、その動機別に数字を使って分かりやすく分類したものです。 人類には「モチベーションが3つある」と、ダニエル・ピンク氏はそれにそれぞれのバージョンを付けて説明しています。 ※説明に「OS」という表現がありますが、詳しくは後述しますので、とりあえず「行動原理」という感じで読んでいただければと思います。 1. モチベーション1.0:飢餓動因・渇動因・性的要因などの生物学的な動機づけ もっとも原始的な「モチベーション1.0」は、生存を目的としていた人類最初のOSです 。 2. モチベーション2.0:周囲からの報酬や罰に対しての反応するもう一つの動機づけ「外発的動機づけ」 アメとムチ=信賞必罰に基づく与えられた動機づけによるOSです。報酬をもらいたい、もしくは罰を逃れたいというモチベーションですね。 ルーチンワーク中心の時代には有効だったが、21世紀を迎えて機能不全に陥ると説明されてます。 3. モチベーション3.0:内発的動機づけ 3つ目は20世紀半ばに、ハリー・ハーロウ、エドワード・デシなどが主張した「内発的動機づけ」です。 自分の内面から湧き出る「やる気!=ドライブ※」に基づくOSです。活気ある社会や組織をつくるための新しい「やる気」の基本形となります。 今後の時代を生きていくには、自律性・成長性・目的性を伴うモチベーションである「モチベーション3.0」が必要になると述べられています。 しかし、ビジネスの世界にはこの新たな認識は十分に活かしきれていないので、ギャップを埋める必要があるとダニエル・ピンク氏は主張します。 ※「Drive」は、訳者の大前氏が日本語にちょうどいいものがなかったので、「やる気」に「!」を付けたそうです。 参考:ハリー・ハーロウとエドワード・デシによる内発的動機付けの概念 心理学者のハリー・ハーロウは、リーザスザルの檻の中に、掛け金や留め金、蝶番などの仕掛けによって構成されたパズルを置いて、そこにサルを一匹ずつ入れてどのような行動をするか観察した。するとサル達はパズルに大きな関心を示したのである。そして、彼らはそのパズルの解き方を発見し、一度解いたパズルを元に戻す方法まで見出した。しかも、彼らは何度もこの一連の行為を繰り返し行うのだ。パズルを解くことにたいするエサの報酬が存在したわけではないのに、この好奇心旺盛なサルたちは熱心にパズルに取り組んだ。 ハーロウはこの状況について「さらには、それを楽しんでいるようだった。パズルを解くために彼らは何時間も費やし、まるでその活動をすること自体が報酬であるかのようだった。」と述べている。そこで、ハーロウは、このような現象に対して「内発的動機付け」という名前をつけたのである。 また、ロチェスター大学のエドワード・デシ教授は、パズルを解かせる実験で、報酬を与えた場合、与えなかった場合、また途中与えたがやめてしまった場合などのケースを検証し、「報酬によって、人のやる気を短期間起こさせることは可能だが、報酬の効果は弱まる」として、アメとムチによる外発的動機づけが長期的なプロジェクトを続けるために必要な長期的なモチベーションにつながらない、むしろ悪影響があると発表した。 これは当時の学界から「邪説だ!」とずいぶん反対を受けた。また、人間には「新しいことややりがいを求める傾向や、自分の能力を広げ、発揮し、探求し、学ぶというい傾向が本来備わっている」として、1975年に「内発的動機付けとは、活動することそれ自体がその活動の目的であるような行為の過程、つまり、活動それ自体に内在する報酬のために行う行為の過程を意味する」と定義している。 モチベーション2.0の盛衰~新しいオペレーティングシステムの誕生 ダニエル・ピンク氏は著書の最初で、モチベーションに関して行き渡っている見解が、いかにビジネスや現代生活を相容れないか検証・説明しています。 その中で、コンピュータと同様に社会にも「人を動かすための基本ソフト(OS)」があると述べています。人間を動かす「やる気の素(DRIVE)」をコンピューターのOSに例え、このOSは人間の心理の奥にあり、ほとんど表面には現れないが、行動のすべてを司どっていると説明しています。 このOS論で言えば、人間の最初のOS「モチベーション1.0」は、生存を目的としていました。「生理的動機付け」と呼ばれることもあります。人間は生きるために、食料を探したり作ったり、野生動物と戦ったりしました。モチベーション1.0が一般的だった時代は、生きるか死ぬかのサバイバルの時代なんですね。 戦後の日本や後進国では「生きるため、社会や組織を継続させるために頑張るという動機付け」で働いている人は数多くいました。しかし、今の日本のように発展し、高い生活水準を持っている先進国では、今日の食事を心配する人はあまりいません。モチベーション1.0は、自身と社会の生存を維持するための動機付けなので、会社で働くときのやる気としては、現在ほとんど機能しないのです。 次のOSである「モチベーション2.0」は、社会の発達に応じて進化したものです。つまり、外的な報酬と罰というシステムに対応します。 モチベーション2.0、つまり「アメとムチ」の外的動機付けが主流となり始めたのは、産業革命が始まった19世紀後半からです。農林漁業と製造業が職業の大半を占めていた当時は、モチベーション2.0による動機付けが、単純作業をする労働者にとって最適な動機付け方法でした。 「シャツをたくさん縫えば、それに応じて報酬が払われる」 「リンゴをたくさん収穫すれば賃金がそれに応じてもらえる」 という答えや手法が決まっていて、あとはどれだけ早く、どれだけ多くこなせるかが課題となる仕事は、インセンティブによるやる気が労働者の成果を高めます。 しかしながら、これら外的なインセンティブが人間にとって必ず合理的に反応する、という前提に基づいて説明されてきた考えが、近年の行動経済学では必ずしもそうでないことが証明されてきました。むしろモチベーションに対して不合理的に反応することもです。 例えば、収入が少なくても、明確な目的意識が得られる仕事のために、実入りの良い仕事をやめてしまう人がいるのは、モチベーション2.0の動機とは一致しません。つまり、人間の経済行動を十分に理解するためには「モチベーション2.0」と一致しない考え方も受け入れる必要があるということです。 ダニエル・ピンク氏は、「モチベーション2.0は20世紀のルーチンワークには有効だったが、21世紀に私達の組織、仕事に対する考え方やその手法とは、互換性がないことが明らかになってきた」とし、OSのアップグレードが必要であると説明しています。 つまり、現代の仕事には単純作業はもっぱら機械・ロボットにまかせ、クリエイティブとイノベーションのために想像力を働かせることが仕事となっています。このような社会では、インセンティブのような動機付けはあまり有効ではないということです。有効でないどころか、様々なデメリットを発生させると氏は警告しています。 例えば下記のようなデメリットです。 モチベーション2.0によるデメリット 成果を出すことへの必死さが視野を狭め、創造性を失わせる。 ホスピタリティなど、成果につながらないことへの意欲が失われる。 目先の成果を追い求めるあまりに、不正を働く、仲間と協力しなくなる。 成果が出ないと罰せられるため、成功への自信を失ってしまう。 そして次に出てくるのが「モチベーション3.0」:内発的動機づけです。 核心のモチベーション3.0の説明の前にちょっと脱線して、次章ではモチベーション2.0で行われた「アメとムチ」つまり、「外発的動機づけ」がうまくいかなくなった理由の話をしてみたいと思います。 アメとムチが(たいてい)うまくいかない7つの理由 「モチベーション2.0」つまり「外発的動機づけ」が、本来の意図とは反対の影響を生み出すのはなぜかの理由を7つの問題点で説明してます。 外発的動機づけのデメリット 内発的動機づけを失わせる かえって成果が上がらなくなる 創造性を蝕む 好ましい言動への意欲を失わせる ごまかしや近道、倫理に反する行為を助長する 依存性がある 短絡的思考を助長する アメとムチマネジメントでは、ありきたりすぎて、喜ばないばかりか、逆に反作用があることが実証実験にて報告されています。 例えば、生活に必要な最低限のものが満たされてない人や、仕事の目的や意義が十分に理解できない人にとっては、ある程度の動機づけにはなりますが、ある程度満たされた職場にいて、自律して物事が考えられる人材に対してこの手法を続けると、創造的な発想をむしばみ、短絡的なものの見方を助長し、悪影響をあたえることになります。そして意欲の減退につながりやすく、しだいに成果が上がらなくなることが多数報告されてます。 そこで、内発的動機づけとして、モチベーション3.0が必要になってきます。これは、金銭で報いるのではなく、興味、好奇心、才能の開花、自己の成長、キャリア意識、達成感、顧客や他のメンバー、更には地域社会への貢献意識を中心にした動機づけになります。これは、メンタリングやコーチングによる動機づけ法と同じです。 誤解があるといけないのですが、アメとムチが常に悪影響を及ぼす訳ではありません。 くどいようですが、規則的なルーチンワークならアメとムチマネジメントは効果を発揮します。内発的動機づけも、破壊される創造性も、この種の仕事にはほとんど存在していないから悪影響を受けません。 さらに、仕事の必要性の根拠を説明し、退屈な仕事だと認めつつ、望む方法でその仕事を完成させる自由を相手に与えた場合には、このアメとムチが一層効果を発揮する場合もあるようです。 しかし、残念ながらモチベーション2.0で対応できるルーチンワークは、今後ロボットなどに置き換わり、仕事として少なくなっていくことは確実な未来です。 したがって、逆ビジネスを考えるのであれば、よりモチベーション3.0に対応したマネジメントを真剣に考えなければならないタイミングに来ています。 あなたはどちら?タイプ I と タイプ X モチベーション3.0の説明の前に、「タイプI」と「タイプX」について少し説明しておきます。 「タイプ」とは、モチベーション(動機づけ)に対する行動原理みたいなものと考えてます。 「I」は「内発的(intrinsic)」から、「X」は「外発的(extrinisic)」からと言えば何となく想像がつくと思います。 例えば、「タイプ I」は、モチベーションとして、第三の内発的動機づけを活力の源とする思考を持つ人物です。このタイプの人は、「自分で人生を管理したい」「新しいことを学び想像したい」、そして「成長して世界に貢献したい」という感じに、人間に内在する欲求を元に行動するタイプです。モチベーション3.0は、21世紀のビジネスを円滑に機能させるために必要なアップグレード版で、「タイプ I」に適しています。 「タイプ X」は逆で、内部からの欲求と言うより、外部からの欲求によって動く、つまり外的報酬でマネジメントすると良いタイプです。活動から自然と生じる満足感ではなく、むしろ、その活動から得られる外的な報酬と結びついてます。したがってモチベーション2.0は「タイプ X」に効果があります。 もちろんタイプXの人が活動により生じる喜びをいつも無視しているというわけではないし、タイプIに人が外部からの報酬に全く効果がないというわけではありません。あくまで、その人の主な動機づけがどちらに重きがあるかという話です。 「タイプ I」 は生まれながらの資質ではなく、後天的に培うことができ、その行動は、フォーマンスの向上、健康の増進、全般的な幸福度の上昇に繋がります。 最後に モチベーション2.0の話しが少し長くなってしまったので、続きは次回に回したいと思います。 次回は、核心であるモチベーション3.0の「3つの要素」について、企業における事例などを交えてご説明します。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- ノウフー(Know Who)とは
「ノウフー(know who)」は、ナレッジマネジメントの機能の一つで、文字通り「誰が知っているのか」つまり、組織の中で誰がどのような知識を持っているのかを知る仕組みの事を指します。 今回はこのノウフーについて、詳しくご説明したいと思います。 目次 ノウフー(know who)とは ノウフーの導入 ノウフーの事例 最後に ノウフー(know who)とは 業務に必要な専門知識や問題解決の知恵を「ノウハウ(暗黙知)」と呼びます。企業において、社員のノウハウの習得や蓄積を促すことが人材育成の目的の一つです。しかし、日ごろの業務の中では、各自が身につけられるノウハウの量やカテゴリーに限界があるのも事実です。では業務の中で、自分の知らないことや専門性の高いスキルが必要となった時どうすればいいでしょうか? そんな時、各自のノウハウを共有化できるライブラリやマニュアル等があれば、それを検索して使えばいいという発想からナレッジマネジメント・システムが生み出されました。しかし、ナレッジマネジメント・システムにすべての企業のノウハウ(暗黙知)を格納する(見える化)するのは容易ではありません。 ノウハウを持つ人の協力が必要だったり、マニュアル化が難しかったり、そもそも文書では伝わりにくかったりするノウハウもあるでしょう。このように「見える化できないノウハウ」が企業にはたくさん隠れています。 ナレッジマネジメントシステムに集約することは大切だがすべて行うのは難しい、ならばそのシステム化の手間を別の角度から考えて楽に行おうというのがノウフーのきっかけです。 つまり、問題解決のノウハウがライブラリになければ、その道のエキスパートや、かつて同じ経験をしたベテランを探し出して、ノウハウを直接教えてもらう、アドバイスしてもらう、その方がスピーディーだし、しっかり伝わるのではないか?というのが「ノウフー発想」です。探し出すものを「Know How」から「Know Who」へ発想を変えたんですね。 そのために、「どこにどんな業務の経験者やエキスパートがいるのか」といった組織内の人的資源情報を蓄積し、検索できるしくみが必要となります。 組織内に眠るノウハウを利用するために、ノウハウ自体をマニュアルなどで「見える化」するのではなく、誰がノウハウを持っているのかという在りかを見える化するのがノウフーなのです。 ノウフーの導入 ノウフーの導入は、特に数百人・数千人など大規模な組織で有効です。大規模な組織では、個人が全ての知識を管理する事は不可能に近く、非効率でもあります。 ノウフーのやり方として、「人材の情報を管理し可視化する」データベース化と、「知りたいこと質問して回答をもらう」掲示板方式があります。 まず、人材の情報を管理し可視化する方法として、まず社内イントラネットの利用が考えられます。社員や従業員が自分自身で業務の経歴や得意分野、スキルや資格等について社内イントラネット登録し、人的資源のデータベースを作ります。そして、カテゴリやキーワードなどで検索できるようにします。 知りたいこと質問して回答をもらう掲示板方式には、社内イントラの社内掲示板、グループウェア、社内SNSなどを利用します。 社内掲示板にその時に知りたい情報を書き込むと、それについて知っている人が回答を書き込んだり、あるいは「それについて知っている人物」を知っている人が、「あの人に聞くと解決できる」などのアドバイスを書き込み、ノウフーを共有するというのが基本的な流れです。社内版のOK Web、Yahoo知恵袋といった感じですね。 グループウェアは、組織の業務効率化を目的とした組織内のコミュニケーションツールですが、本来の機能はメンバーのスケジュールやTODO、プロジェクト管理などの組織内での業務上の情報共有や進行管理を主な機能としたツールです。グループウェアならほとんどの製品が掲示板作成機能を持っていますので、スピーディに始めることができます。 最近人気なのが社内SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)を使うやり方です。ビジネスSNSは、各社員が所属部署や役職などの関係性を超えて情報共有やコミュニケーションを計るためのツールです。 SNSを使ってつながりを深めることで、組織を活性化する事が目的ですが、このコミュニケーション機能を使ってノウフー検索をすることが可能です。具体的には知りたいことをタグ検索したり、知りたいことでタグをつけて発言し、そのことについてのフォローを求めます。 SNSによるノウフー機能は人気があり、話題になっています。人気の理由はやはりSNS独特の「気軽さ」ではないでしょうか。掲示板やグループウェアよりもカジュアルで、心理的ハードルも低いので、「教えて!」感で質問や解答のやり取りができます。些細なことでもヒントとして投稿することに躊躇しないので、回答数が伸びる傾向にあります。また、その場でアイデアを出し合い解決策を模索するといった使い方にも向いてます。 ノウフーの事例 NTT東日本では、2005年秋から社内SNSを開始。2年後の07年には、7,500人以上の社員(グループ全体の約15%)、3年後の2009年には8,300人(80%)が参加。2013年にはグループ企業を含む14,000名が参加する国内最大規模の社内ネットワークに成長したそうです。機能としてよく使われるは「Q&Aコーナー」で、「誰に聞けばよいのか」的な質問が多く、まさにノウフーとして利用されているようです。 ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社では、2001年にナレッジ・ポータルを立ち上げ、2005年以降にSNSを使った個人ブログと社内ブログを情報共有の強化策として、機能追加しています。ブログと検索機能によって「誰が何を知っているのか」を知ることができますし、「個人ブログ」で人柄もわかりやすく、聞きやすい環境ができたおかげで、組織内でのコミュニケーションの活発化したそうです。 損害保険ジャパン日本興亜株式会社では、企業情報ポータル「損保ジャパンの窓」というポータルがノウフー機能を担っています。もともとこのポータルは、「現場の状況が経営層に届かない」「社内の情報収取が電話では限界がある」「組織内の情報共有が不十分」などの課題を解決するために作られたという経緯があり、その機能も情報共有とコミュニケーションに重点が置かれています。具体的には「Q&A」、「個人ブログ」そして直球で「ノウフー」というコミュニケーションツールが導入されました。 仕事に関する相談の見える化や、失敗事例などのリアルタイムでの共有、社員自身の新たな気づきなどの発見に役立っているそうです。 最後に ノウフーの目的は、ノウハウを持っている人と必要としている人をスピーディーに結びつけ、結果的に組織力を向上させる事にあります。 ノウフーは「誰が何を知っているのか」を可視化する仕組みなので、その「誰」が退職したりすると、その組織内にノウハウが存在しなくなってしまいます。 したがって、人材が企業内にいるうちに、ノウフーを何らかの形で残す施策を行う必要があります。方法としては、ノウハウのドキュメント化は非常に時間がかかるため、AIを使って掲示板やSNSなどのやり取りの記録を分析・見える化し、ナレッジマネジメント・システムから呼び出せるようにするなどの開発が行われています。 団塊世代の大量退職など、高度な技術やノウハウを蓄積してきた世代が職場を離れると、「誰に何を聞けばいいのかわからない」という状況に陥りかねません。多くの企業にとって、ノウフーの構築と同時にノウハウの蓄積はまったなしの課題となっています。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- モチベーション3.0とは(Part2)
前回は、人間を動かす「やる気の素(DRIVE)」をコンピューターのOSに例え、より高次な段階に入った現在では、管理や強制といったマネジメントベースのOSは機能不全に陥りつつあり、個人の自主性を尊重するOSにバージョンアップが不可欠と説明されていました。 また、過去のOSであるモチベーション2.0と、その動機づけの方法である「アメとムチ」による「外発的動機づけ」が、実験の結果、本来の意図とは反対の影響を生み出すことについて説明しました。 今回はモチベーション3.0についての説明が中心になります。 アメとムチのような外発的動機ではなく、「自律性」「成長性(マスタリー、熟達)」「目的」の3つ、内発的動機付けで行動するのがモチベーション3.0ということを詳しく説明します。 目次 「タイプ I」と「タイプX」の補足 1.モチベーション3.0 3つの要素「自律性(オートノミー)」 2.モチベーション3.0 3つの要素「成長性(マスタリー、熟達)」 最後に 「タイプ I」と「タイプX」の補足 モチベーション3.0の説明の前に、前回少し説明した「タイプ I」と「タイプX」について、もう少し説明させていただきたいと思います。 タイプX(extrinsic)の人の行動は、内発的な欲求よりも、外発的な欲求をエネルギー源とする行動で、活動によって生まれる満足感よりも、その活動によって得られる外的な報酬と結びついています。モチベーション2.0は、タイプX の行動パターンを前提として発展してきました。 タイプI (intrinsic)の人の行動は、外発的動機づけではなく、内発的動機づけを中心にした考え方と人生に対するアプローチをします。自分の人生を自ら監督したい、新しいことを学び創造したい、世界に貢献したいという人間に本来備わる欲求が力の源になっています。活動によって得られる外的な報酬よりも、むしろ活動そのものから生じる満足感と結びついています。したがって、モチベーション3.0は、タイプIの行動パターンを前提にしています。 もちろん人はどちらかにはっきり分かれるものではないので、タイプ別の行動パターンは、固定的な特徴ではなく、状況や経験、背景から現れる傾向と見ます。しかし、あなたの組織が、過去10年の実績に満足していなかったり、2.0的マネジメントが「どうも違う」と考えるのであれば、社員にタイプXからタイプIの行動に移行することを考えるべきでしょう。 そこで、タイプXの人材をタイプIにすることは可能かという疑問ですが、それは可能だと言われています。 なぜなら、タイプIの特徴は生まれながらに備わっているのではなく、後天的に作ることができるからです。タイプIの行動は、人間の普遍的な要求から生じる部分があるので、基本的な特徴を学び、実践を繰り返すことによって、実力もモチベーションも格段に向上します。タイプXからタイプIに変化することも可能なのです。 タイプIは長期的には、ほとんどの場合タイプXをしのぐ成果を上げると言われています。内発的に動機づけられた人は、報酬を求めて行動する人よりも目的を達することが多いと調査結果に出ています。ただし、短期的には必ずしもそうではありません。 しかし、外的な報酬を求める行動パターンは結局は「長続きしない」のです。さらにマスタリーの面でも役立ちません。「マスタリー(熟達)」とは長期にわたって成果を生み出す力の源です。内発的な動機、つまり「自分の人生をコントロールしたい」、「世界を知りたい」、「試練に耐えることを成し遂げたい」という、自らの内側から湧き上がる欲求を満たすために猛烈に取り組むから、困難を乗り切れるからです。 誤解して欲しくないのですが、タイプIが金銭や他社からの評価を軽視しているというわけではありません。タイプXもIも、基本的な報酬ラインに満たなければ、モチベーションは著しく低下するのは一緒です。ところが、基本レベルに達していれば、タイプIは金銭をフィードバックの1つとして喜びますが、決してタイプXのような行動の動機づけではなく、それ自体が目的でもないということです。 基本的な報酬ライン “給与、給付金などを含め、基本報酬ラインが不適切だったり、公平でなかったりすると、非雇用者は自分の置かれた状況の不公平さや不安にばかり気を取られるので、意欲の喚起が極めて難しくなります。 しかし、一度この基本的な報酬ラインが満たされてくると、アメとムチは意図した目的と反対の効果を生み出す場合が多く、これがモチベーション2.0のバグなのです。” ダニエル・ピンクは、「タイプXの行動は石炭で、タイプIの行動は太陽だといえる」と表現しています。石炭は安く簡単に入手できる効率的な資源ですが、欠点が2つあります。 1つは大気汚染など環境への悪影響、もう1つは埋蔵量に限りがあり、少なくなれば値段が上がるということです。タイプXの行動はこれと同じで、報酬と罰は思わぬ悪影響を生み出し、交換条件付きの報酬による動機づけは間違いなく徐々に高くつくようなります。 対して、タイプIの行動は内発的に動機づけに基づいて行われるので、容易に補充できて無害、安価、安全で無限に再生できます。 タイプI型の自律性や内発的動機づけを重視する人は、外発的に動機づけられた人よりも自尊心が高く、良好な人間関係を築き、総じて大きな幸福感をいだいています。 一方タイプXは、金銭や名声・美などが欲求の中心になり、比較して心的健康状態が良好ではないようです。これはタイプIの行動が、根本的に「自律性」「マスタリー」「目的」という三つの要素をよりどころとしてるので、自らの意思で行動を決めたり、熟達に打ち込んだりするので、幸福感を抱けるからだと言われています。 このようなタイプIを伸ばして、自律性・成長性・目的性を伴う「モチベーション3.0」を実現するには、どういったことに気を配るべきなのでしょうか。 1つ1つ見ていきたいと思います。 1.モチベーション3.0 3つの要素「自律性(オートノミー)」 「自律性(オートノミー)」とは、「自ら方向を決定したいという欲求」です。 対して組織では、マネジメントの概念があります。マネジメントの中心となるものは、以前として「コントロール」で、主な手段は相変わらず外発的動機づけです。つまり、現在の先進国経済で主となる非ルーチンの右脳的能力が必要な環境とズレが生じています。 さらに、このマネージメントは人間の本性と一致していません。なぜなら、マネジメントは前提として「人は報酬や罰がなければ働かないし、都度指示しなければ間違ったことをする可能性がある」という仮定の下に成り立つからです。 しかし、その姿は人のデフォルトではないはずです。人は誕生してから、受動的で自力で行動できないようにプログラミングされているわけではなく、人の基本的な性質は、好奇心に満ちて自発的であるはずです。もしそうでない人がいるのであれば、それは本質のせいではなく、何かが原因で後天的に設定が変わっただけです。そうなってしまったのは、学校や職場のマネジメントのせいかもしれません。そうした「他人を管理する」という状況に屈せず、自主決定性という人間に備わった生来の能力が、3.0とタイプIの行動の中心となっています。 この「自律性(オートノミー)」の事例として、いくつかご紹介します。 事例① メディウス社、ジェフ・ガンサーCEOの自律性を重視する試み “ROWE(ロウ)” メディウス社は、病院の情報システム統合のためのソフト&ハードウェアを開発する会社です。CEOのジェフ・ガンサーはその会社に「ROWE」※という就業ルールを取り入れました。 「ROWE(Results Only Work Environment」とは、米家電量販店大手ベスト・バイの人事部門で役員を務めていた、カーリー・レスラーとジョディ・トンプソンによって考えられた就業ルールです。「完全結果指向の職場環境」とでも言いましょうか。 従業員には出勤時間など時間的スケジュールはありません。好きな時間に出社でき、完全に自由に自分の時間の使い方を選べるのです。極端なことを言えば、会社に行かなくてもいいのです。ただ仕事をしっかり成し遂げればいいのです。どのように仕事をするかは、社員の自主性に完全に任せるというシステムです。 「どのようにやろうと、いつやろうと、どこでやろうと自由」 結果は、ほとんどの場合生産性は上がり、社員満足度が上がり、離職率が下がって雇用期間も長くなったそうです。 話をメディウス社に戻します。 ガンサーCEOは、当初90日間を試行期間としてROWEを導入しました。当初はみんな慣れず、9時には社員の大半が今まで通り出勤し、夕方に退社していました。しかし、それから数週間もすると、ほとんどの者が自分なりのやり方を見つけるようになっていたそうです。ROWE導入後は、生産性は向上し、ストレスが軽減されました。どうしてもなじめずに辞めた人は二人だったそうです(当時全部で22人の会社です)。 ジェフ・ガンサーはこう言っています、「マネジメントとは、オフィスを歩き回って、社員の出社や仕事しているかのチェックをすることではない。社員が最高の仕事をできる状況を作り出すことが、マネジメントの本質である」と。 ROWEの導入で効率が上がった理由の1つは、仕事そのものに集中できるようになった点でしょう。 例えば、娘のサッカーの試合の応援のために午後3時に職場を離れても、周りの同僚に後ろめたくならず、その分仕事に集中できます。 自由ばかりが目立ちますが、達成すべき目標はもちろんあり、これをクリアするのが条件です。ただガンサーは、こうした目標を報酬と結びつけないことに決めていました。「それではとにかくお金が重要で、仕事は二の次という風土を生み出してしまう」からです。 金銭は「発端となる動機づけ」に過ぎず、基本的な報酬ラインを満たしていれば、金銭は業績やモチベーションにそれほど影響を与えないのです。たとえ他社から良いお金で誘われても、ROWEの環境下で、自分の好きなように仕事をする自由のほうが、昇給より価値があり、得がたいものだとみなしている人が多いからです。何よりも、社員のパートナーや家族がROWEを何よりも喜ぶとガンサーは言っています。 また、「私と同じ世代の若い経営者が増えれば、多くの企業がこの方法を取り入れると思う。父の世代は、人を資源と見ている。つまり、従業員は家を建築するときに必要なtwo-by-four(一律の規格材)なのだ。私にとっては、人はパートナーであって経営資源ではない」と。 パートナーなら、誰も皆自律的に人生を管理する必要があるのです。 事例② アトラシアンの「EedexDay」 アトラシアン (Atlassian)は、オーストラリアのシドニーに本社を置く企業で、法人向けソフトウェアを開発している会社です。 エンジニア達がモチベーションを持って新しいことにチャレンジできるように、1年に何回かこう言います。 「今から24時間何をやってもいい。普段の仕事の一部でさえなければ何でもいい。何でも好きなことをやれ」 この通常勤務と無関係でかまわないので、「何かを解決したい問題があれば、一日中自発的に取り組んでも良い」という特別な日「Eedex Days」を設けました。 その日各社員は自分のアイディアを実現するために熱中し、夜が明けて朝の4時になると、ビールとケーキが用意された全員参加のミーティングで、その成果を披露するのです。 お察しのとおり、「Eedex Days」の意味は「翌日に持ってくる」からきているのですね。 その結果ですが、その日にはたくさんの新製品のアイデアが生まれ、既存のプロダクトの新機能や改修、不具合の解消などが効率的にできたそうです。しかも、普段は見つからないような欠陥が数多く修正される傾向にあったそうです。これこそモチベーション3.0の効果と言えると思います。 社長のマイク・キャノンブルックスは、「お金はいくらかかっても惜しくない。十分な給与を払わなければ、社員は会社から離れていきます。しかし、それにもまして金銭は人に意欲を与える要因ではないのです。お金よりも重要なのは、クリエイティブな人を引きつける仕組みなのです。」と言っています。 事例③「20%ルール」の先駆け アメリカのスリーエム社 1930年から40年代にかけて、スリーエム社の社長兼会長だったウィリアム・マックナイトは、「優秀な人を雇ったら、後は好きにさせること」と自律性を重視していました。 「我々が権限と責任を委ねる人たちが優秀なら、彼らは自分のやり方で仕事をしたいと望むだろう」として、勤務時間の15%を自由に新しいことについて当てても良いとしました。 このことは、モチベーション2.0の道徳観と相反し、一見違法行為だとさえ思われたので、社内では「密造酒作り」と言われたそうです。しかし、結果これが正規のイノベーション「ポストイット」を生むことになります。同社の発明した主力商品の大半は、この15%の時間から生まれています。 事例④ Googleの「20 Percent Time」 スリーエム社の事例だけでなく、Googleの「勤務時間の20%を自分のやりたいプロジェクトに当てていい」という制度は有名なので、ご存知の方も多いかもしれません。 この制度では、時間、タスク、チーム、使う技術などすごく大きな裁量が認められています。そしてこの20%の時間から、新製品の半分近くが生み出されたのです。我々が使っているGmail、Google Map、Slackなどのメジャーなプロダクトもモチベーション3.0の効果の結果として世に送り出されてます。 では、自律性はどのように伸ばせばよいのでしょうか? ダニエル・ピンク氏はザッポスの例を出して説明しています。 事例⑤ザッポスの「モチベーション3.0のスタイルに合わない人を排除する方法」 コールセンターでは、離職率100%なんてところもあようですが、Amazonに買収されたザッポスはちょっと違いました。 新卒は、まず会社を知るための研修を一週間受けます。この研修終了後に、CEOのトニー・シェイは彼らにある提案をすのです。 「ザッポスが自分に合わないと感じ、入社を思いとどまりたい(退社したい)と考えている人には、200ドルを支払います」 「交換条件付き」報酬を利用して、フィルターを掛けることで、ザッポスが信じるモチベーション3.0のスタイルに合わない人を早期に排除することができます。 また、ザッポスではカスタマーサービスをモニタリングして監視するようなことはなく、担当者は各自のやり方で対応させます。これも「自律性(オートノミー)」を大切にしているからです。 自律性で言えば、オフィスでなく、ホームで電話の応対をする「ホームショアリング」という仕事の仕方も認めています。子育て中であったり、学生であったり、身体にハンデのある人でも働くことができ、快適な家での仕事はモチベーション3.0的効果を発揮できるといいます。 こうした自律性を信じて任せるのは心配だという経営者もいるかもしれません。 モチベーション2.0では、自由を与えてしまうと人間は怠けるものだ。だから、自律的にやらせれば責任回避をしてしまうと考えました。 しかし、モチベーション3.0では、「人は本来責任を果たすことを望んでいる」と考えます。つまり、課題も含め、働き方、やり方などを確実に任せることが、効率よく目的に達する早道であると考えるのです。 ザッポスのトニー・シェイCEOはこう言ってます。 「人の幸福にとって、認知制御は重要な要素であると、複数の研究から明らかにされています。しかし、ひとが何をコントロールしたいと感じるのかは、本当に人それぞれです。ですから、自律の中で一番重要な側面は、誰にとっても同じではないということです。 人によって異なる欲求があるので、雇用主にとって最も有効な戦略は、従業員一人ひとりにとって何が大切なのかを理解することなのではないでしょうか。」 人はそれぞれ大切なポイントが違い、自由を使って成し遂げたいと思っているはず。それを尊重して働いてもらうのがベストという考えはモチベーション3.0の根幹にあたる思想でもあります。 ザッポスの離職は極めて低く、設立間もないにもかかわらず、CSに優れた会社だと評価されています。具体的にはキャデラック、BMW、アップルなどより上位で、ジャガーやリッツカールトンと同じ順位になっているそうです。 いくつか事例を見ていただきましたが、どれも従業員を尊重し、理想的な成果を出しているように見えます。はたして、自律的な就業ルールを作っただけで、ここまでかわるものでしょうか? 私たちは、誰もが自律的に仕事したいと思いますが、責任を持たなくてはいけません。繰り返しになりますが、モチベーション2.0では、自由を与えれば人間は怠ける、だから、自律的にやらせれば責任回避するという仮説を設定していました。 モチベーション3.0では、それと異なり、人は本来責任を果たすことを望んでいると仮定しています。つまり、課題や時間、方法、チームを確実に任せれば目的に至る仕事をするはずだということです。 確かに、いままでモチベーション2.0環境下で働いていた人を、いきなり3.0のROWE環境で働かせてもすぐには慣れないでしょう。だから、企業は、移行のステップを欠く従業員が見つけられるように、「足場」を組む必要があります。 そして、人によって「何を自律的にやりたいか」という重んじる面は異なります。あるものは課題設定についての自律を願い、あるものはチーム編成に対する自律を望むかもしれません。 ザッポスのシェイが言うように、「人が何をコントロールしたいと感じるかは、本当に人それぞれ。人によってそれぞれ異なる欲求があるので、雇用主にとって最も有効な戦略は、従業員一人一人にとって何が大切なのかを理解することではないか」ということは大切だと思います。 「私たちはゲームのコマではなく、プレーヤーになるために生まれてきた。本来は自律的な個人であって、機械仕掛けの人形ではない。私たちは生来、タイプIなのだ。ところが管理という外部の圧力によって、タイプXにと変えようとする。」とダニエル・ピンクは言っています。そして、リチャード・ライアンのこの言葉を最後に紹介しています。 「人間の歴史の流れはこれまで、大きな自由を手に入れる方向へと進んできた。それには理由がある。自由の切望は人間の性分だからだ」 2.モチベーション3.0 3つの要素「成長性(マスタリー、熟達)」 前項の「自律(オートノミー)」の反対は「統制(コントロール)」でした。行動という羅針盤において、この2つは対極に位置しており、両者は異なる目的地を指し示します。つまり、コントロールは「従順」へと、自律は「関与(エンゲージメント)・絆」へと導きます。この相違からタイプIの行動の2番目の要素である「マスタリー(熟達)」の概念が出てきます。 「成長性(マスタリー、熟達)」とは、何か価値あることを上達させたいという欲求により発生するモチベーションを意味しています。 現代の職場で最も顕著な特徴は、社員の「エンゲージメントの欠如」と「マスタリーへの無関心である」と言われています。例えば、アメリカの世論調査及びコンサルティングを行うギャラップ社の調査では、アメリカでは、従業員の50%以上が仕事にエンゲージしておらず、約20%が意識的にエンゲージしていないという調査結果が発表されています。これは年間3000億ドル(30兆円)の生産性の喪失に相当(ポルトガル、シンガポール、イスラエルのGDPよりも大きい)するそうです。 ここで、ダニエル・ピンクの考えに大きな影響を与えている、ハンガリー出身のアメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイの「自己目的的経験」と「フロー」についてご紹介します。 “ミハイ・チクセントミハイの「自己目的的経験」と「フロー」” 子供の時、ナチスの残虐行為と、ソビエトによる祖国支配を目の当たりにしたチクセントミハイは、運命に甘んじることに嫌気がさし、積極的に関与する生き方を模索しました。高校を中退し、西ヨーロッパは放浪する中で、スイスでカール・ユングの講義を聞いて心理学に目覚めます。その後アメリカにわたり、高校卒業資格を取得、イリノイ大学シカゴ校に入学、博士号を取得し、本格的に心理学の研究を始めました。 しかしチクセントミハイは、心理学の主流には乗らず、人生に対するポジティブで、革新的、創造的アプローチを探求します。クリエイティビティについて研究するうちに、遊びについて研究し、人は遊びの中で、「自己目的的経験(autotelic)」という心理状態になっていることを発見しました。autoは「自己」、telicのギリシア語telosは「目標や目的」を表す言葉です。 自己目的的経験では、目標は自己充足的、つまりその活動自体が報酬にあたります。 例えば、画家が制作に夢中になるあまり、トランス状態になり、あっという間に時間が過ぎて、自意識も消え去るような状態です。ミハイは他にもさまざまな職業にインタビューし、活動を自己目的的にしているものが何かという本質と突き止めようとししましたが、人の言葉からは中々わかりませんでした。 そこで「経験抽出法」を考え出します。これは1日に8回、無作為の感覚でポケベルを鳴らし、被験者がその時に何をしていたか、誰とどこにいたか、どんな精神状態かを記録してもらうというものでした。 チクセントミハイは、この記録から、この被験者たちの最高の瞬間「autorelic」を「フロー(flow)」と名付けました。フローの状態では、山頂へ到達することや粘土で思うように造形するなど、目標がはっきりしていて、そのフィードバックはすぐに返ってきます。もっとも重要なのは、フローにおいては、やらなくてはならないことと、できる事の相関性がぴったりと一致する点です。課題は簡単すぎず、難しすぎない。しかし現在の能力よりも1,2段高く、努力という行為がなければとても到達できないレベルのことをほぼ無意識にやっている状態です。これが心身を成長させ、このバランスが、そのほかの月並みな体験とは全く異なるレベルの集中と満足感を生み出すとミハイは説明しています。 子供の時、ナチスの残虐行為と、ソビエトによる祖国支配を目の当たりにしたチクセントミハイは、運命に甘んじることに嫌気がさし、積極的に関与する生き方を模索しました。高校を中退し、西ヨーロッパは放浪する中で、スイスでカール・ユングの講義を聞いて心理学に目覚めます。その後アメリカにわたり、高校卒業資格を取得、イリノイ大学シカゴ校に入学、博士号を取得し、本格的に心理学の研究を始めました。 しかしチクセントミハイは、心理学の主流には乗らず、人生に対するポジティブで、革新的、創造的アプローチを探求します。クリエイティビティについて研究するうちに、遊びについて研究し、人は遊びの中で、「自己目的的経験(autotelic)」という心理状態になっていることを発見しました。autoは「自己」、telicのギリシア語telosは「目標や目的」を表す言葉です。 自己目的的経験では、目標は自己充足的、つまりその活動自体が報酬にあたります。 例えば、画家が制作に夢中になるあまり、トランス状態になり、あっという間に時間が過ぎて、自意識も消え去るような状態です。ミハイは他にもさまざまな職業にインタビューし、活動を自己目的的にしているものが何かという本質と突き止めようとししましたが、人の言葉からは中々わかりませんでした。 そこで「経験抽出法」を考え出します。これは1日に8回、無作為の感覚でポケベルを鳴らし、被験者がその時に何をしていたか、誰とどこにいたか、どんな精神状態かを記録してもらうというものでした。 チクセントミハイは、この記録から、この被験者たちの最高の瞬間「autorelic」を「フロー(flow)」と名付けました。フローの状態では、山頂へ到達することや粘土で思うように造形するなど、目標がはっきりしていて、そのフィードバックはすぐに返ってきます。もっとも重要なのは、フローにおいては、やらなくてはならないことと、できる事の相関性がぴったりと一致する点です。課題は簡単すぎず、難しすぎない。しかし現在の能力よりも1,2段高く、努力という行為がなければとても到達できないレベルのことをほぼ無意識にやっている状態です。これが心身を成長させ、このバランスが、そのほかの月並みな体験とは全く異なるレベルの集中と満足感を生み出すとミハイは説明しています。 この「フローの状態」では、その瞬間を極めて深く生きており、完全に思いのままになると感じ、時間や場所、自分自身でさえ存在を忘れるような感覚を抱きます。当然、フロー体験では人は自律的ですが、それすら感じさせないくらい没頭しています。 おそらくこのフローの精神状態こそが、チクセントミハイが求めていたものです。生きている証拠としてフローの状態に達すること、つまりマスタリーを達成するために集中している状態を得る事なのです。 このフローの状態は、ゴルフの石川遼選手が2010年の中日クラウンズで世界最小スコアを叩き出したときに、プレイ中の心理状態を「ゾーンに入ってる」と表現したことを思い出させます。 フローを考慮した環境の創造が、職場の生産性と満足度を上げるという事実は、マイクロソフトやトヨタ、パタゴニアなどの多数の企業が気付いています。アメリカの科学者やエンジニア1000人に行った「フロー体験」調査では、知的挑戦への欲求、つまり、何か新たなことや興味を引かれることをマスターしたいという衝動が、生産性向上を予測する上で、もっとも的確な判断材料だとわかりました。例えそれぞれが費やした労力を考慮に入れたとしても、内発的な欲求に動機づけれた科学者は、金銭が動機の科学者と比べて、驚くほど多くの特許を出願しているそうです。 フローの効果については面白い事例があります ゲームデザイナー、ジェノヴァ・チェンのフローゲーム “2006年にチクセントミハイの理論に基づいた論文で美術学博士号(MFA)を取得したゲームデザイナー、ジェノヴァ・チェンは、「ビデオゲームは本質的に、典型的なフロー体験をもたらす。だが、一方でそれが行き過ぎているゲームが多い」と懸念しました。 そこで、たまにゲームを楽しむ人のために、フローの感動をもたらすゲーム「フロー(Flow)」を作ろうとします。ゲームの内容はシンプルです。プレーヤーがマウスを使って、現実離れした海を背景に、アメーバのような生物をゴールへ導くゲームです。ゲームのテーマは、次第に難しくなるレベルをクリアしていくことですが、失敗してもゲームオーバーはなく、単に自分の能力に適したレベルへと移るだけです。 話だけ聞くと、いかにも飽きそうに聞こえるゲームですが、これが爆発的に売れ、無料のオンライン版だけで300万ダウンロードされ、有料版はプレステで35万ダウンロードされ、多くの賞を受賞しました。 その後、チェンはフロー理論とゲームのフローを中心としたザットゲームカンパニーを企業し、ソニーなどからゲーム作成の契約を取り付け、大成功しました。” フロー体験はマスタリーに必要不可欠です。しかし、フローがマスタリーを保証するわけではありません。これはこの2つの概念が、影響を与える時間のスパンが異なるからです。フローは一瞬の間に起こり、マスタリーは何カ月、何年もかかって築き上げられるものだからです。 ではマスタリーを目指すために、組織や実生活では何をすれば良いのでしょうか? スタンフォード大学の心理学教授キャロル・ドゥエックは、マスタリーのために、3つの法則にまとめました。ドゥエックは、子供とヤングアダルトのモチベーションと熟達について研究する行動科学の分野の第1人者です。 マスタリーの3つの法則 マスタリーはマインドセット次第である マスタリーは苦痛でもある マスタリーは漸近線 1. マスタリーはマインドセット次第である ドゥエックは「人の信念が熟達の内容を決定づける」とし、自分自身と自分の能力に対して抱く私たちの信念(自己理論)が、自らの経験に対する解釈を定め、熟達の限界をも定めてしまう可能性があることを指摘しています。 人には「固定知能感」の人と「拡張知能感」の人がいます。 「固定知能感」とは、「知能は存在する分しかない」と考える人です。もともと限られた量しか備わってないので、増やすことができない、つまり知能を身長のように考えてます。知能が定められた量しかないので、教育や仕事の経験はすべて、自分の知能がどのくらいあるかという測定手段というわけです。こういう人は努力ではなく、容易な正攻法を探ろうとする傾向にあり、困難に直面すると「お手上げ」状態になります。したがって、容易に達成できそうな目標を選ぶようになります。 「拡張知能感」とは、「知能は人により多少の差異はあるが、最終的には努力によって伸ばすことができる」と考える人です。知能を体力のように努力で増やせると考えてますので、教育や仕事上の経験は成長する機会となり、努力を向上の手段とみなして肯定的です。困難に直面すると「さらに熟達」するとポジティブにとらえます。 「固定知能感」の人はタイプXに見られ、「拡張知能感」はタイプIに見れれます。 この2つの説は全く違う道に通じています。「拡張知能感」はマスタリーに通じているますが、「固定知能感」は通じていません。 ここからマスタリーの第1の法則が生まれました。 つまり「マスタリーはマインドセット(心の持ち方次第)である」ということです。 具体的に言えば、「タイプ X」は自分には才能がないと諦めを勝手につけて、学習目標よりも達成目標※を好み、努力をしなくてはいけないのは自分が弱点を持っている証拠として、努力そのものを見下しがちです。 逆に「タイプ I」は、達成目標よりも学習目標を重んじ、人生にとって大切と思われる能力を向上させるためには努力をいとわない傾向にあります。したがって、成長性(マスタリー、熟達)には「タイプ I」が向いていると結論付けます。 ※達成目標と学習目標の違い 例えば、達成目標は「フランス語でAを取る」ということで、学習目標は「フランス語を話せるようになる」ということ。つまり、達成目標ではマスタリーには至らない。 2. マスタリーは苦痛でもある アメリカ陸軍士官学校で行われる「地獄の兵舎」と呼ばれる7週間の基礎訓練では、20人から1人は脱落します。この理由を解明しようとした実験です。 調査の結果、訓練をやり遂げるかどうか予測するもっとも的確な判断材料は、認識力とも身体的特性とも関係ない、「根性」という評価でした。これは言い換えて「長期目標を達成するための忍耐力と情熱」と定義されています。 地獄の兵舎の例が示す通り、「マスタリーは苦痛でもある」と言うのは、修練の辛さを乗り越えられるマインドが必要と言うことです。 熟達するためには一生懸命やっても見える成果は少しづつで、その数少ないフロー体験に励まされて少しづつ前進します。そして少しだけ高くなった新しいプラトー(一時的な停滞の状態)でもめげずに、再び根気よく励むという経験を繰り返さなければいけません。逆に言えば、その経験を繰り返せないとマスタリーの状態にはならないのです 3. マスタリーは漸近線 漸近線(ぜんきんせん)とは、曲線が近づいても決して完全に接することのない直線のことです。 「マスタリーは漸近線(ぜんきんせん)」と言うのは、マスタリーの完全な実現は不可能ということです。したがって欲求不満を引き起こします。なぜ、完全に到達できないものに求めるのか。それは、喜びは実現することよりも追求することにあるからです。 マスタリーはどうしても得られないからこそ、達人にとっては魅力的なのです。 最後に またまた少し長くなってしまったので、続きは次回に回したいと思います。 次回は、モチベーション3.0の「3つの要素」の最後の一つ「目的」についてご説明します。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- ナッジ(nudge)とは
eラーニングコンテンツやシステム企画を立てていると、「ゲーミフィケーション」や「ナッジ」といった、ユーザーの行動やモチベーションを操作・誘導する仕掛けを仕掛けることがよくあります。 今回は、そういった仕掛けの中から、行動経済学の手法である「ナッジ」について、簡単ではありますがご紹介したいと思い ます。 目次 ナッジとは ナッジの手法例 政府もナッジに真剣に取り組む 最後に ナッジとは 「ナッジ(nudge)」とは、直訳すると「(注意や合図のために)ひじで軽く突く」という意味になります。行動経済学などで使われる用語で、「ちょっとしたきっかけを与えることで消費者に行動を促す手法」と定義されています。 ナッジは、2003年にシカゴ大学経営大学院に所属するリチャード・セイラー教授とハーバード大学のキャス・サンスティーン教授の論文「リバタリアン・パターナリズム」で提唱されました。 その後、リチャード・セイラー教授は行動経済学としての研究を進め、2017年にノーベル経済学賞し、それがきっかけでナッジの知名度はさらに上がっています。 伝統的な経済学と行動経済学の違いはどこにあるのでしょうか。 伝統的な経済学では、議論を分かりやすくするため、人間は「自分が得するように必ず合理的に判断する」と想定されています。ところが現実の人間は、さほど欲しくない物を衝動買いしたり、ギャンブルにはまったりとあまり合理的とは言えない行動を取ってしまいます。 リチャード・セイラー教授は、人間は「非合理的」な生き物として、人間は間違いをしでかす存在だという前提に立ち、その行動を科学する目的で「行動経済学」を研究しています。 セイラー教授は、相田みつをの大ファンだそうで、「『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』。私は相田みつをのこの言葉が大好きなんだよ」とインタビューで答えています。 セイラー教授は、心理学と経済学を組み合わせて人間のリアルな活動を経済理論に取り込み、実際の現場で役立つ画期的なアイデアを次々と生み出したことが高く評価され、ノーベル賞受賞につながりました。 ナッジの効果を示す例として有名なのは、やはり「便器のハエ」かと思います。 時は1999年、オランダはアムステルダムのスキポール空港では、トイレの清掃員の人件費削減に頭を悩ませていました。特に男子トイレの小便器は、便器からそれた小便を清掃する手間が問題でした。そこで担当者は、低コストで実行できる一計を講じます。 男性トイレの便器に、小さなハエのイラストのシールを貼ったのです。こうすることにより、利用者が「的を当てる」感覚でハエを狙うからです。策は当たり、見事に他人の小便のコントロールをしたのです。なんと清掃費は8割(1億円以上!)も減少したそうです。 こうして、アムステルダムの小便器のハエは「ナッジ」の最も有名な成功例となりました。 このように、科学的分析に基づいて人間の行動を変える戦略が「ナッジ」です。スキポール空港の場合、「人間は的があると、そこに狙いを定める」という心理分析に基づいて、他人の小用をコントロールし、小便器を正しく利用させたわけですね。 ナッジの手法例 私たち人間の行動は、合理的な行動から一定のパターンで「偏り(バイアス)」があります。この特性を見つけて、それを体系的に経済学に取り入れるのが行動経済学です。その手法は、ビジネスの現場でもよく使われています。ここでは、ナッジの例を使われた手法別にご紹介しましょう。身近なものでも「あれもナッジか!」と思い当たるものも多数あるかと思います。 ①Default(デフォルト:初期設定) 「デフォルト(初期設定)」とは、とってほしい選択を最初から設定しておくことで、異なる選択をとる可能性を低くするテクニックです。「選んで欲しい選択肢をあらかじめ初期設定として用意する」ことで、その選択肢を選んでもらいやすくする技です。 Amazonでは、プライム会員の加入を促すために無料期間を設けています。無料期間中に加入した人はいつでも解約できますが、解約手続きが面倒で、そのまま継続してしまう人もいるかと思います。 このように会員となっている状態がデフォルトになってしまうと、解約するには手間がかかるので、なんとなく続けてしまうという手法です。 楽天などでショッピングをする際に、メールマガジンの登録チェックボックスに「あらかじめがチェック入っており、不要な人はチェックボックスを外す」というのも同様です。 ②Incentive(インセンティブ:動機) 「インセンティブ」では、「何らかの報酬を用意することで、行動を促す」というものです。 例えば、飲食店のポイントカードもインセンティブの1つでしょう。購入すると引けるくじやプレゼント、先ほどのメルマガの例で言えば、「メルマガ登録で10%割引」と言う感じですね。 ③Feedback(フィードバック:帰還、反応) 「フィードバック」とは、特定の行動を起こしたらすぐに反応が返ってくるギミックを組み込むことで、自発的に行動を起こすよう誘導するテクニックです。 例えばネットショップの会員登録を行う際に、入力フォーム上で、電話番号を全角で入力していたら画面上に「半角で入力してください」と出てきたとします。その結果から学んで、住所を入力する時は最初から半角数字で入力を行ってくれるようになります。仕組みにフィードバックを組み込むことで、ユーザーを自然に誘導できます。 ④Structure(ストラクチャー:構造化) この場合の「構造化」とは、「選択肢の構造化」を指します。選択肢の構造化は、複雑な選択肢をわかりやすくすることで、特定の選択肢に導くテクニックです。 レストランで、「本日のオススメ」「シェフおすすめ」と書かれているのも、たくさんの中から選ぶ際の誘導をしています。こういった案内があることで、大量にあるメニューから選ぶべきメニューが絞られ、消費者にとって選択しやすくなります。 人は選択肢を与えられることにより、自分で選んだという意識が芽生えます。ルールで強制されるのではなく、望ましい行動をするよう、誘導する際に有効な手法です。 例えば、レストランのメニューで価格別に「松竹梅」があった場合などです。松が3,500円、竹が2,000円、梅が1,000円、懐具合が寂しくても、つい「松竹梅」の「竹」をつい選んでしまうのもナッジなんですね。行動経済学によればメニューが3種類あると、5割以上の客が「真ん中の価格」を選ぶそうです。 行動経済学では、こうした人間の心理を「極端回避性」言います。この行動にはもう一つ伏線の作用があって、最初に3,500円の松が目についたため、ふだんなら予算オーバーの竹を安く感じてしまう「アンカリング効果」も働いているのです。通販で、「ここからさらに1万円引きます!」と言った「最初の提示額よりも値引きされると、よりお得感を感じる」のも「アンカリング効果」です。 ⑤その他 テレビ通販などでよく見る「売り切れ続出」や「有名人の○○が愛用」といったコピーは、商品の機能を自分で吟味せず、利用しやすい情報だけで判断してしまいがちな「利用可能性ヒューリスティック」という人間の性質を突く手法です。 「返品無料」には、商品が届いて「一度自分のものになると価値が上がったように感じる」という「保有効果」があるそうです。こうした効果があるので、売り手側は「返品無料」をうたっても、返品されるケースはあまりなく、そのリスクは微々たるもので商売に影響は少ないみたいです。 「ツケ払いOK」や「ローン支払い」には、「今すぐ払わなくていい」と、負担が軽くなったような錯覚に陥りがちになる「現在バイアス」が効いています。 政府もナッジに真剣に取り組む 最近では、政府や自治体などの取り組みでも使われ始めています。 アメリカにおいても、2015年にナッジを活用するようオバマ元大統領による大統領令が発令されました。 「ナッジ」の最大の成功例と言われるのが、アメリカで企業年金(確定拠出年金:401k)の加入率を大幅にアップさせたケースです。「401k」は、企業が掛け金の一部を負担するので、従業員にとっては有益な年金プランのはずです。しかし、多くの人が進んで加入しようとしませんでした。その理由は、加入手続きをする際に、たくさんの書類に貯蓄額や、希望する投資先などを細かく記入する必要があったからです。 その結果、定年後生活に困る人が続出し問題になっていました。そこでセイラー教授はナッジで解決します。方式を180度転換し、年金に入りたくない人が申込書に記入し、書かない人は自動的に加入するという「年金脱退申込書」を従業員に書かせることにしました。するとこの方式を導入した企業の年金加入率はおよそ90%に急上昇したそうです。めんどくさいことはしたくない、そんな人間心理を巧みについたのです。 アメリカだけでなく、英国でも、2010年に内閣府の下に、ナッジを政策に応用するための専門チーム「BIT(the Behavioural Insights Team)」が設立され、公共政策での活用を推進しています。 彼らはまず、納税率の改善に取り組みました。テストとして、ある地域では行政が送る納税通知書に、「同じ地域に住む住民の納税率」を記載しました。すると、その納税率を見た滞納者の義務履行意識が高まり、地域全体の滞納率が減少したそうです。この結果を踏まえ、全国的にナッジを用いたメッセージを納税通知書に記載することが2012年に決定し、年間およそ2億ポンドの税収の増加を実現しました。 日本も、2017年4月低炭素型社会の実現のため、国民一人一人が自発的に行動を起こすよう促すことを目的としたナッジ活用の特別チームが環境省内に設立されました。 国は省エネ促進のため、近所で家族構成などがよく似た家庭と比較して、どれくらい電気を使っているかがグラフで示されるというレポートを請求書と一緒に毎月送りました。他人と比べて多いとか少ないとかいわれると、気になるのが人間というもので、これがナッジとなって各家庭が電気の使用を2%減らせば、年間3兆円もの電気料金を節約できるというプロジェクトです。 最後に ナッジのポイントは、低コストで人の行動を変えられることです。あくまで選択の余地を残しながらも、少し表現を変えたり、やり方を変えたりするだけで大きな効果を生み出し、人々の行動をいい方向に後押しするのです。対象者にとっては自発的に選択した感覚があるため、商品やサービスの体験を損ねません。そのため、マーケティングや営業においても、顧客を満足させつつ自社の誘導したい選択肢へと導く方法として知っておきたいところでしょう。 行動経済学の手法、ナッジを使うことで、学習者を誘導することが可能になります。ただ、あまりにやり過ぎると無意識のうちに先入観を与え、反対の行動を起こさなくなり、偏ってしまい、弊害もあるかもしれません。ナッジは魔法のような効果がありますが、そこに正常な判断を邪魔するために使うことは良くないと思います。倫理や社会利益に反しない用途に限るよう、設計側の配慮も求められるでしょう。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- コンプライアンス教育とは(その3)
前回(その2)ではコンプライアンス教育の進め方のざっくりとした流れについてお話しいたしました。今回は個々の具体的な教育方法についてご説明したいと思います。 目次 具体的な教育方法について マニュアル・社内行動規範・ハンドブック等の配布 社内・社外の講師による研修 ビデオ・DVD教材の活用 ~ビデオ教材で行うコンプライアンス研修~ eラーニングによる一斉教育 ~e-ラーニングを使うメリット~ ビジネススクールで学ぶ/コンプライアンス検定を受ける 職場での周知・討論/テストの実施 ~認識差を埋める取り組み~ コンプライアンス教育の実施間隔 長期的な目線でコンプライアンス教育を考える コンプライアンス教育のチェック 最後に 具体的な教育方法について コンプライアンス教育の具体的な教育方法としては、以下のような取り組みがあります。 マニュアル・社内行動規範・ハンドブック等の配布 イントラネット等での情報発信 社内講師による研修・説明会 社外講師による研修・説明会 法令研修会・勉強会などの定期的な実施 ケーススタディー、ケースメソッド式の研修 ビデオ・DVDなど視聴教材の活用 eラーニングによる一斉教育 外部のビジネススクールに通って学ぶ コンプライアンス検定を受ける 職場での周知・討論の日常的な実施 テストの実施 具体的にいくつか見てみたいと思います。 マニュアル・社内行動規範・ハンドブック等の配布 マニュアルは、「何かあったときに、すぐ参照できること」が大切という話をしましたが、手に取ってわかりにくいものでは意味がありません。身近な事例を使ってマニュアルを作ることも、興味を持たせるという意味では非常に効果的です。したがって、外部のマニュアルを利用してもよいのですが、自社向けにマニュアルの内容をアレンジした方が、社員の意欲向上に繋がると思います。 基本的には、文献で作っておく必要はありますが、それらをもとに別途動画などで見やすくするなど工夫するのも手です。活字で読むのは大変ですが、イントラなどでマニュアルの内容を映像化して見せたいというご相談は弊社にも多く、たくさんの作例があります。具体的には、実際の現場を撮影しながら、行動の正解・不正解をいくつかのケースでドラマ形式にするスタイルが好評です。 社内・社外の講師による研修 コンプライアンス教育の内容は、事業や対象者によってかなり異なります。経営者・取締役クラスの研修は、外部から専門の講師を招いて行うことが多いかもしれませんが、一般的にはコンプライアンス担当(コンプライアンス専任部署)が事務局となって教育をおこないます。講師とは別に、コンプライアンス推進委員を置いて、普段から教育することも大切です。 仕事がら、他業種より重点的に教えたい内容もあるでしょうし、企業の社風や風土なども考慮しなければいけません。なので、本当はその企業の人が、自分たちにあった内容を考えて教育するのが理想です。 しかし、コンプライアンスについてきちんと学んだ人間が教えなければ意味がありません。そうした人材が社内にいない場合は、外注するのが1番手軽です。外注先としては、コンサルティング会社や弁護士事務所などです。 法律などの座学の研修に関しては、コンサルタント会社や研修会社に依頼して行い、仕事がら具体的な事例や経験談をベースに討論するような場合には、自社の従業員自身が講師として行うほうが、ケースが適切で効果的があります。 なので、スタートは社外の研修会社を使ってもよいですが、数年すれば「社内講師」が育つので、自社ケースにあった「社内のオリジナル研修」をメインにするのが良いのではないかと思います。 ビデオ・DVD教材の活用 ~ビデオ教材で行うコンプライアンス研修~ 集合研修などで、人を集めるのは結構大変です。業務の都合でどうしても参加できない人は出てくるかと思います。 その場合は、実際に実施された研修を録画し、そのビデオを使って参加できなかった人に学ばせるのも手です。ビデオならば、社員の予定の調整もしやすく、一斉に集める必要もなく、時間の削減になります。また、繰り返し使えるので、講師や会場のコストも節約できます(ただし、講師の方には許可をもらう必要はありますが)。 もう1歩進んだビデオの使い方としては、ケースドラマなどを作り、視覚的にわかりやすく教育するという手法もあります。弊社でもドラマ仕立てで、抵抗なく見れる形のケースドラマ教材の作成オーダーは多く、会社規模の大きいところほど費用対効果が大きいため、問い合わせが多くなっております。 また、こうしたドラマ映像の教材は、アルバイトやパートのスタッフの教育でも人気があり、「マニュアルだと読んでもらえなかったが、ビデオなら見てくれた」という担当者の声も聞かれます。コンプライアンスのドラマは市販もされていますが、自社の業務にそってドラマ化したほうが、見る側もわかりやすく、真剣に見てくれるというメリットがあります。最近は通勤途中なのでもスマホで見れるものが好評です。担当の方は、一度検討してみてはいかがでしょうか。 eラーニングによる一斉教育 ~e-ラーニングを使うメリット~ 最近では、e-ラーニングを利用したコンプライアンス教育の引き合いが多くなっております。講師を雇うと人件費や会場費もかかりますし、集合研修というシステム自体が、仕事への負荷が高いと言えます。そのため、e-ラーニングを利用したコンプライアンス教育には、時間やコストを削減できるというメリットがあります。 e-ラーニングを使う場合は、Webベースドトレーニングがメインになると思います。読み物の教材はHTMLでWebページとして表示するほか、PDFやWord、PowerPointなどで配布します。社員がちゃんと書類をダウンロードしたかはログでわかりますので、チェックは便利です。 しかし、こうした読み物中心のe-ラーニングは飽きやすく、なかなか続かないのがデメリットでしょう。そういった場合は、映像教材を使うのも効果的です。前項のドラマ仕立てなどのビデオ教材をストリーミングで視聴できるようにすることがe-ラーニングでは簡単にできます。遠隔地など、ビデオDVDの配布コストも節約できます。MP4形式などスマートフォンやタブレットで視聴できるようにすれば、場所を選ばず勉強できるのも大きなメリットです。 さらに、視聴させるだけでなく、ドラマを見た後にテストをすることで、内容が正しく理解できたかがチェックできます。テストの結果を見て、わかりにくくなかったか?内容のアップデートが追いついているか?など、定期的にドラマの内容を調整すると良いでしょう。 遠隔地の支店などでは、e-ラーニングを使ったライブミーティングによるバーチャルな集合研修・ディスカッションなども導入されています。特に社員数が多い企業ではe-ラーニングを使ったコンプライアンス教育は、効率的な方法として、多くの企業が採用しています。 ビジネススクールで学ぶ/コンプライアンス検定を受ける 企業以外で行われているコンプライアンス教育としては、ビジネススクールで行われているセミナーなどがあり、セミナーは定期的に行われています。受講料は大体1万~3万くらいが相場です。 こうしたコンプライアンス教育への関心の高まりを受け、2005年には、ビジネスコンプライアンス検定が設置されました。まだまだ歴史は浅いですが、累計受験者数は1万人を突破していて、近年の事件などの影響もあり、大企業を中心に受験者数は増加傾向にあるようです。企業のコンプライアンス教育や研修の一環として、検定に取り組むという方法も、効果的と言えるでしょう。 評価としてコンプライアンス検定を「資格」として評価してあげれば、社員のやる気もでます。初級と上級では難易度が大きく異なるので、上級を取得した社員には、それなりの評価をし、コンプライアンス体制の向上に貢献できる役回りをお願いするのがいいと思います。 職場での周知・討論/テストの実施 ~認識差を埋める取り組み~ ある程度教育が進んでも、コンプライアンス意識は各人によってまちまちな状態です。新人や中途採用などでも差が出てきます。定期的に社員のコンプライアンス意識をチェックし、意識が足りない社員を見つけて意識を上げるようにしなくてはいけません。鉢に穴が開いていては、いつまでたっても水が溜まらないように、会社のコンプライアンスも、たった一人の意識欠如が大事故につながるのです。 意識の低い社員を見つけるのには、テストが手っ取り早いチェック方法です。問題を解くタイプのテストはどちらかというと、知識レベルのチェックになるので、実務のチェックにはロープレなどを行う必要があります。どちらも、コンプライアンス意識を継続的にキープするために、定期的にやりたいところです。 コンプライアンス教育の実施間隔 コンプライアンスの意識は話題にならなくなると軽視してしまう傾向があるので、基本的には定期的に行うのが望ましいです。現実問題として頻繁に行うのは支障がある場合は、その間隔が大きくなるのはやむを得ないですが、イレギュラーでも、効果的なタイミングで行うことができれば効果は高いです。 効果的なタイミングとは例えば、同業他社の事件などでニュースとして関心がある時や、業界で大きな規制緩和、法律やルール変更などがあり、今後は認識を強める必要がある場合などです。このような場合、社員の関心も高く、教育効果が高いので、ぜひ行うべきです。 長期的な目線でコンプライアンス教育を考える どんなに良い教育をしても急激には浸透しないものです。社員がしっかりと行動できるまでには、大体5年~10年かかると言われています。それだけ、社内全体に浸透させる事は、難しいと言えるでしょう。 また、社員にもいろいろなタイプがいますから、いろいろなやり方を試してみるのが大切だと思います。忙しい人を無理矢理集合研修に呼ぶのではなく、自分の時間でできるように、e-ラーニングでも同程度の内容が習得できるようにしてあげるなどです。 人事評価に組み込んでも効果があります。 コンプライアンス教育のチェック 行動指針やコンプライアンス・マニュアルなどに示された指針が日常的に守られているかどうかをチェックすることも大切です。 こうしたチェックは一般的には、職場ごとにチェックリストやアンケートを配布して、気がついたことなどを記入してもらうやり方が多いです。こうしたアンケートについては、内容を精査し、相談やモニタリングなどをしてサポートし、記録に残すことが重要です。万が一何かあった場合に、ここをちゃんとやっているかどうかで、組織の対応の評価が変わってきます。 コンプライアンス体制を構築した後、そのシステムが機能しているかどうかを定期的にチェックする必要があります。こうしたモニタリングや監査のポイントとしては、 就業規則や行動指針、問題が起こった際のマニュアルなどがすぐに見れるかどうか?場所を知っているか? 組織として用意した「相談窓口」がきちんと利用されているかどうか、その際に相談者のプライバシーが守られているか? 相談が記録され、保管されているか? 現場スタッフから身近のコンプライアンス委員への報告がスムーズにできるか? 「上司に法令違反の行為を命じられた」といったケースはないか? 相談者への報復行為などを禁じ、それに違反した場合の処罰ができる体制があるか? などをチェックされます。 こうした相談窓口の健全な機能を維持するために、「外部の弁護士事務所などと提携して相談窓口業務を委託する」、または「専門の通報バイパスサービスと契約して相談窓口とする」などがあります。 最後に コンプライアンス教育には、多大な時間とコストが必要です。コンプライアンス教育は投資として考え、必要であれば、それなりに費用をかけることを経営者・トップの方には意識していただきたいと思います。コンプライアンス教育を全社で行うことにより、危機管理能力が身に付き、業務管理能力の意識の醸成、実践遂行能力の向上が見込まれます。つまり、事故などのリスク回避の意味だけでなく、自社社員の質の向上、結果として会社ブランドの向上へとつながるのであれば、かかったコストは惜しくはないですよね? 最後までお読みいただきありがとうございました。
- ワーク・ライフ・バランスとは
「働き方改革」「ワーク・ライフ・バランス」といった言葉は、ここ数年頻繁にメディアに登場するようになってきました。「働き方改革」や「ワーク・ライフ・バランス」は、日本企業が少子高齢化に対応し、生産性・企業イメージを高めるための有効な戦略として、政府も積極的に推進している政策です。またその推進のために、企業側も研修の実施や、学習コンテンツの企画・制作などに取り組んでいます。 今回はワーク・ライフ・バランスの定義と考え方、導入するための具体的な取り組みを簡単にご説明させていただきます。 目次 ワーク・ライフ・バランスとは? ファミリーフレンドリー(両立支援)と男女均等推進 なぜ今ワーク・ライフ・バランスなのか? ワーク・ライフ・バランスによって企業が得られるメリット ワーク・ライフ・バランス実践のための取り組み ワーク・ライフ・バランス推進のポイントはリーダーの意識改革 最後に ワーク・ライフ・バランスとは? 「ワーク・ライフ・バランス(work-life balance)」とは、「仕事と生活の調和」と訳されます。意味的には、「一人ひとりが、やりがいや充実感を持ちながら働いて、仕事上の責任を果たすとともに、自分の人生のシーン、例えば子育て期、介護期といった各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる」ことを指します。 もともとワーク・ライフ・バランスの取り組みが求められている背景にあるのは、少子高齢化といった労働者の環境変化にあります。 グローバル化が急速に進展する中で、日本の企業が競争力を維持し、成長していくためには、一人ひとりの働き方を見直し、従業員の能力や意欲を高め、優秀な人材の確保することで生産性を向上させることが、これからの企業経営のあり方として必要になったのです。 日本では2000年代後半から、「次世代育成支援対策推進法」や「育児・介護休業法」などが施行されていますが、政府関係省庁などが発表する「ワーク・ライフ・バランスの定義」は、必ずしも統一的な見解があるわけではありません。 厚生労働省が2004年に実施した「仕事と生活の調和に関する検討会議」では、「個々の働く者が、職業生涯の各段階において自らの選択により「仕事活動」と家庭・地域・学習などの「仕事以外の活動」をさまざまに組み合わせ、バランスの取れた働き方を安心・納得して選択していけるようにすること。」と説明しています。 内閣府が2007年12月に発表した「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」では、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域社会などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて、多様な生き方が選択・実現できる社会。」と定義されています。 上記以外にも様々な定義がありますが、要点は大きく2つ、「すべての人にとって、仕事と仕事以外の諸活動のバランスが取れた状態にあること」と、「企業とそこで働く者は、協調して生産性の向上に努めつつ、職場の意識や風土改革と合わせ、働き方改革に自主的に取り組むこと」が述べられています。 ワーク・ライフ・バランスが「生活と仕事の調和・調整」であって、「生活」と「仕事」どちらを重視するか、という取捨選択のようなものではないという点に注意なくてはいけません。生活と仕事は、互いに相反するものではなく、生活と仕事の「相乗効果」によって、人生を豊かにしていこうという主旨なのです。 つまり、ワーク・ライフ・バランスとは、仕事と生活の最適な「比率」を表すものではないということです。比率として考えてしまうと、一方を増やせばもう一方が減ってしいます。仕事が充実すると、生活や睡眠の時間が減るといった具合に不具合が生じます。 生活の充実によって仕事がはかどり、仕事がうまくいけば、また私生活も潤うというサイクルを実現し、個人と企業双方にとって、Win-Winの関係を築くのが目的です。 ファミリーフレンドリー(両立支援)と男女均等推進 ワーク・ライフ・バランスには、大切な2つの概念があります。 1つは「ファミリーフレンドリー(両立支援)」、もう一つは「男女均等推進度」です。ラークライフバランスの実現には、これらの2つの考え方が不可欠です。 この2つの意味を確認してみたいと思います。 ファミリーフレンドリー(両立支援)とは ファミリーフレンドリーは「両立支援」と訳されることが多いです。政府や企業が、働きながら育児・介護をするための制度・環境を整えることを意味しています。「働き方改革」の中心政策として進められています。厚生労働省が定義する、「ファミリーフレンドリー企業」の基準はこんな感じです。 厚生労働省が定義するファミリーフレンドリー企業の基準 法を上回る基準の育児・介護休業制度を規定しており、かつ、実際に利用されていること 仕事と家庭のバランスに配慮した柔軟な働き方ができる制度を持っており、かつ、実際に利用されていること 仕事と家庭の両立を可能にするその他の制度を規定しており、かつ、実際に利用されていること 仕事と家庭の両立がしやすい企業文化を持っていること 男女均等推進 1985年に策定された「男女雇用機会均等法」が、日本における男女均等推進の明確なはじまりです。 以下の2つが骨子です。 男女の性別にかかわらず、能力を発揮するための均等な機会が与えられる 男女の性別にかかわらず、評価や待遇における差別を受けない 法律自体は、時代とともに随時改正され、今では「募集」「採用」「配置・昇進」の全てにおいて、性別を理由とした差別が禁止されています。 男女均等推進には、均等を維持し、差別を禁止する側面の他に、「今ある格差を解消していく」といった側面もあります。 厚生労働省では、女性の能力発揮を促進するポジティブな取り組みを実践する企業を「均等推進企業」と位置づけています。 「均等(差別の禁止)」「推進(格差の解消)」のどちらも含むものが男女均等推進という考え方です。 なぜ今ワーク・ライフ・バランスなのか? 先に述べましたが、「少子高齢化」はワーク・ライフ・バランスを考えるうえで、ベースとなるキーワードです。 1990年代に政府による少子化対策として「育児休業制度の整備」「保育所の拡充」が進められましたが、それでも少子化は止まらず、2003年に「少子化対策基本法」「次世代育成支援対策推進法(次世代法)」を成立させ、企業に出産・育児/仕事の両立を支援するための行動が義務づけられました。 これが、ワーク・ライフ・バランスの視点がクローズアップされるきっかけとなりました。 少子化と同様に深刻なのが高齢化問題です。 労働人口の推移をみると、「生産年齢人口」といわれる15歳から64歳までの人口が、1990年代を境に減少が始まりました。1998年には、0歳から14歳までの「年少人口」が、65歳以上の「老齢人口」を下回っています。あと10数年の後には、団塊世代の介護対策が問題になってくるでしょう。 こうなると、男女関係なく、親の介護が必要になる社員が急増します。そうなってくれば、企業価値として、「親の介護が必要な社員がちゃんと休みを取れる企業」や「休職後、復職後の待遇が、継続し、昇進の機会が与えられる企業」に優秀な社員が集まるようになると考えられます。 つまり、日本のワーク・ライフ・バランスは、「少子化問題に対する、出産・育児支援」と「高齢化問題に対する働き方改革」の2本柱で進められなくてはいけなくなるのです。 ワーク・ライフ・バランスによって企業が得られるメリット ワーク・ライフ・バランスを企業が進めるメリットはたくさんあるのですが、主なものを上げてみました。 1. 女性社員のモチベーションが上がり、優秀な人材が定着する(女性活用活性化、退職率の低下) 出産や育児に企業が積極的に支援し、柔軟な働き方を認めることにより、女性従業員の仕事に対するモチベーションが上がり、結果的に会社に対する貢献度が上がります。 古い体質の企業では、いわゆる「腰掛」的に「結婚後は退職するので、あまり仕事に身が入らない」「キャリア意識・向上心にかける」といった状態が見られましたが、ワーク・ライフ・バランスによって、復職後でのキャリアの継続が可能だったり、育児をしながらでも、成果を上げられる体制があれば、女性社員は仕事に対して希望を捨てずに、前向きに取り組むことができるようになります。 また、「女性リーダーの育成・成長」という面でも期待ができるようになります。 2. 優秀な人材を獲得できる(新規採用者の量・質の向上) ここ数年は、新卒採用・中途採用ともに売り手市場としての傾向が強まっており、企業が優秀な人材を確保することが難しくなりました。 ワーク・ライフ・バランスを推進することで、「社員を大切にする会社」「働き方が柔軟な先進企業」というイメージを作ることができ、「企業を選べる立場の優秀な人材」の獲得の大きなアドバンテージとなります。 また、ワーク・ライフ・バランスの良い企業は、採用・獲得だけでなく、優秀な優秀な人材が定着しやすいので、労働生産性が上がり、人材育成・研修コストの回収が容易になるという大きなメリットをもたらします。 3. 社員のモチベーションが上がる(従業員満足度の向上、メンタルヘルスの向上) 内閣府男女共同参画局の「少子化と男女共同参画に関する専門調査会」の調査によると、ワーク・ライフ・バランスが良いことで、仕事に対する意欲が高まることが報告されています。 男性では「プライベートが充実している」ことが励みになり、女性では「女性登用が進んでいる」ことがポイントになっています。 社員のモチベーションが上がることで、職場全体の活性化・コミュニケーションの向上、労働生産性のアップが期待できます。 4. 業務改善により、労働生産性が改善される(効率アップ、時間外労働時間の減少) 政府の調査では、「日本は先進国の中では労働生産性が低い」という報告がなされています。 日本は昔から長時間労働が常態化している企業風土が多く、政府は「働き方改革」により、これを改善させたいという狙いがあるのです。 時短勤務やテレワークなどの多様な働き方を利用して、短時間で高い生産性を上げる企業体質に改善します。 5. 企業イメージのアップ(企業の社会的認知度の向上) ワーク・ライフ・バランスを実現することで、社員を大切にし、離職率が低く、優秀な社員がいる優れた企業、社員が安心して働ける企業というイメージを世間に持ってもらえるようになります。 かつて、自動車産業や電器産業の大手企業は、高い給与と、その厚い福利厚生でイメージアップしてきました。これからの企業は、規模にかかわらず、ワーク・ライフ・バランスの優位性をもって、企業のイメージを上げていくことができます。 ワーク・ライフ・バランスに取り組むことによって、「創造力アップ」「生産性向上」「業績アップ」が起こり、結果的に「組織力強化」「競争力強化」となり、企業の成長につながるのです。つまり、企業にとってワーク・ライフ・バランスは「コスト」ではなく、将来への「投資」であり、長期的な成長・発展へとつながるのです。 では、ワーク・ライフ・バランスの実現のためには、どんなことをすれば良いのでしょうか? ワーク・ライフ・バランス実践のための取り組み では、ワーク・ライフ・バランスの実現のために何をすべきか?ここでは、いくつかの取り組みをご紹介します。 1. 育児休暇は男性にも手厚く、イクメンを育てる取り組みを 育児休暇は、どうしても女性中心で考えがちですが、実は女性からは「男性(夫)のサポート」が強く求められています。 「保育所に送り届ける」「お風呂に入れる」といったことだけでなく、「男性の育児参加の時間」の増加が必要なのです。母親が子供とだけいる時間が長いと、精神的な不調を起こしてしまうケースがあります。夫である男性と3人の時間を増やすだけでも、メンタルヘルス上のリスクを減らせるのです。 そのためには、男性が育児参加の時間を作るために、「育児休暇を活用しやすい状態にする」必要があり、加えて、男性の子育て参加を容易にするために、育児のハウツー教育を企業が行う「イクメン研修」などを行うことも求められています。 2. 短時間勤務制度を柔軟に設定する 育児や介護にたずさわる人にとって、現在の日本の就業時間はどうしても長いと言わざるを得ません。 欧米の例を参考に、育児や介護にたずさわる社員を対象として、勤務時間を1~3時間短縮する企業が増えています。 育児休暇から復帰した女性社員が対象となることが多いのですが、今後は「両親の介護を目的とした男性社員、管理職社員」の利用も視野に入れて取り組む必要があります。 大切なのは、時短の仕組みが、利用者である社員が利用しやすい時間であることが大切です。いくら時短をしても、保育所や介護施設の時間に間に合わなかったりしては効果がありません。各自の通勤時間も含め、時短短縮のパターンを複数用意してあげることが必要です。 また希望する日の勤務時間を短縮できる選択を可能にしたりして、総労働時間が増えないようにします。 これらの制度を、可能な限りフレキシブルに利用できるように、上司との面談や人事への申請の仕組みも必要でしょう。 3. 仕事の与え方を工夫して、組織生産性を下げずにモチベーションを維持する 育休や時短勤務を実現するにあたり、社員の業務に対する配慮も必要です。時短者に「配慮して工夫しろ」というと、飛び込みの仕事があると帰れなくなったりしますので、どうしても「定量」「単純」仕事を与えがちです。 しかし、単純な業務の繰り返しでは社員のモチベーションが低下してしまいますので、短時間勤務でも、コアな業務を担当できるようにするべきです。そのためには、一業務を複数担当制にしたり、現場での情報共有の仕組みを作って、引き継いでも問題なく遂行できるようにします。 こうしておけば、タイミング的に複数の社員が短時間勤務になった際に、組織生産性が一気に低下するのも防げます。 4. フレックスタイム制度を導入してみる フレックスタイム制度は、今の日本企業に比較的浸透している時間制度ではないでしょうか。「働き方改革」では、このフレックスタイム制度の普及を進めています。 フレックスタイム制度は、「1か月以内の期間で総労働時間を規定し、その枠内で始業・終業時間を自由に決定できる」システムです。フレックスタイム制度は、総勤務時間が変わらないので、「給与の調整」や「昇格・昇給」に影響が少ないので、ほかの時短勤務のシステムより導入がスムーズです。 組織生産性を損なわないように、「1日のうちで必ず勤務するコアタイム」を指定することもできます。外資系などでは、コアタイムすら必要ない、「フル・フレックスタイム制度」やほぼ裁量労働に近い制度を導入している企業も見られます。ただし、フル・フレックス制度の場合、、社員が揃う時間が限られるため、業務の設計に工夫が必要です。全社で難しい場合は、部署単位で採用するケースもありますが、別の問題を作ってしまう場合もありますので、自社の業務にマッチするかをよく検討する必要があります。 5. テレワークの導入を検討してみる テレワークは「在宅勤務」を含む、「会社外の場所でも仕事を可能とする」新しい働き方です。 日本テレワーク協会によれば「ITを利用した、場所・時間にとらわれない働き方」と定義されています。 トヨタが、自社の働き方改革として率先して導入し話題になりました。 企業側にとっては、「通勤、交通費の削減」「休業からのスムーズな復帰支援」「障がい者雇用」などのメリットがあります。 テレワーク導入のポイントは「リスク管理」「コミュニケーションの確保」「勤怠管理」の3点です。つまり、在宅という環境下で、情報漏洩リスクの防止、勤怠管理を適切に行える仕組みが求められます 6. 長時間労働を減らす工夫を 政府の調査では、規模にかかわらず、日本企業のほとんどが長時間労働の状態だそうです。したがって、長時間労働の削減は、「働き方改革」の柱として、企業に対して積極的な取り組みを促しています。 長時間労働を削減するには、いくつかの策があります。 例えば、残業、休日出勤を基本的に禁止にしたり、残業する場合は「事前の申請」を必須とするなどです。ノー残業デーを設けたり、定時が過ぎたら強制的にオフィスの消灯をするなど、かなり積極的に取り組まないと残業を減らすことが難しいのです。 また、残業を禁止・制限するだけでは、長時間労働は改善されません。結局は「間に合わない」ので、仕事を自宅に持って帰って続きをやったり、土日にやったりすることになります。 大切なのは「残業恒常化の要因分析と対策」をしっかり話し合い、「業務フローの見直し」など、根本的な解決が求められます。 少しでも効率的に生産性を上げる手段として、「短時間勤務制度」や「テレワークの導入」などで、社員が柔軟に働ける環境作りをすることで、長時間労働が解消されると期待されてます。 7. 福利厚生サービスの充実・導入で、人生の充実を手助けする ライフ・ワーク・バランスの取り組みとして、新たに様々な福利厚生サービスを導入する企業が増えています。就業形態や制度変更が難しくても、福利厚生サービスの導入は比較的簡単にできるといえます。 社員の健康面をサポートするために、フィットネスクラブなどと提携して、安く利用できるようにしたり、家族や友人との利用を前提に、レジャー施設や、宿泊施設と提携するなど、従来の福利厚生サービスの拡大を行います。 また、社員のスキルアップの意欲にこたえる支援として、資格取得やセミナーの参加などを援助する形の取り組みもあります。 最近では、福利厚生は担当者の負担も大きいため、福利厚生のアウトソーシングも盛んにおこなわれています。福利厚生のアウトソーシングとは、その名前のとおり福利厚生を自社で企画・運営するのではなく、外部業者に委託することで、スケールメリットのコストダウンだけでなく、充実した福利厚生サービスを企画・提供することが可能になります。アウトソーシング業者とだけの契約で済むので、自社担当者の負担も減り、導入が容易になります。これは大手だけでなく、中小・零細企業でも福利厚生を充実できることを意味しています。 福利厚生のアウトソーシング企業としては、ベネフィット・ステーション(株式会社ベネフィット・ワン)や、福利厚生倶楽部(株式会社リロクラブ)、えらべる倶楽部(JTBベネフィット株式会社)などが大手です。 福利厚生サービスの充実と利用推奨は、社員が活気を持って働けることにつながりますし、福利厚生サービスが競合よりも優れた会社であることにより、優秀な人材を集めることができます。 ワーク・ライフ・バランス推進のポイントはリーダーの意識改革 上記の施策を推進し、従業員のモチベーションを高め、生産性向上に結びつけていくためには、ワーク・ライフ・バランスを経営全体の課題として位置づけ、積極的に推進体制の整備を行う必要があります。その際に成功のカギを握るのが、現場のリーダーである管理職の意識です。 ワーク・ライフ・バランス施策である柔軟な勤務体系では、現場のマネジメントは複雑になり、管理職は「生産性向上は難しい」と考えてしまい、ワーク・ライフ・バランスに対する理解はなかなか深まらないケースも多いようです。しかし、現場の管理職がワーク・ライフ・バランスの重要性を理解せず、積極的に取り組まなければ、組織全体でワーク・ライフ・バランスを実現させることはさらに難しくなります。 そのためには、部下のみならず、管理職自身が、ワーク・ライフ・バランスを考えることが大切なのですが、そもそも管理職は労働時間・休憩・休日などに関する「労働基準法」の適用から除外されているので、自身が過重な労働環境下に置かれることが多くなってしまいます。 まずは、部下を信頼して、自身が率先して業務を効率化してワーク・ライフ・バランスを推進していく姿勢と行動を示す必要があります。 ワーク・ライフ・バランスの取り組みの企業事例によると、リーダーが率先して行動することが、職場のワーク・ライフ・バランスの活用・理解・啓蒙で効果があるという報告があります。仕事も生活も充実し、活き活きと働いているリーダーを見ることで、若手・新入社員も影響を受け、自分ももっと成長したい・活躍したいという意欲を掻き立てられるのでしょう。 首相もワーク・ライフ・バランス 首相と言っても、日本ではなくカナダの話です。カナダのジャスティン・トルドー首相が、「国家に仕えるためにはワーク・ライフ・バランスが必要である」と強調し、その一環として伊勢志摩サミットを前に来日していた際に、公務を1日休み、奥様とともに三重県の青峰山を登るなどして結婚記念日に合わせた休暇を楽しんだそうです。 首相は、若くして(43歳で!)首相になるなど、異色経歴やマッチョボディ、ファッションの話題も有名ですが、非常に強力なリーダーシップを発揮して、移民政策など思い切ったかじ取りをすることで話題ですね。 最後に ダイバシティ・マネジメントの項でも説明した通り、グローバル化が急速に進展する中で、日本の企業が競争力を維持し、成長していくためには、積極的に「多様性」や「働き方改革」といった経営改革に舵を切る必要があります。 ワーク・ライフ・バランスを推し進めることで、意欲をもって働ける環境を実現し、優秀な人材を獲得・定着できれば、業績アップや組織の競争力の向上が期待できます。つまり企業にとってワーク・ライフ・バランスは「コスト」ではなく、将来への「投資」であり、長期的な成長・発展へとつながることを忘れないでいただければと思います。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- ADDIEモデルとは
前回は、インストラクショナルデザイン(ID:Instructional Design)について、その歴史やメリットなどをご説明しました。 今回は、インストラクショナルデザインで使われる「IDプロセスモデル」で有名な「ADDIEモデル」について、もう少し詳しくご説明いたします。 目次 ADDIEモデルとは ① 分析(Analysis) ② 設計(Design) ③ 開発(Develop) ④ 実施(Implementation) ⑤ 評価(Evaluation) 最後に ADDIEモデルとは 前回のキーワード「インストラクショナルデザイン」で、IDが「学習理論(心理学)」「コミュニケーション学」「情報学」「メディア技術」などを利用した「インストラクショナルデザインの理論・モデル」に基づいて行われるという説明をしました。そして、学習後の学習者のゴールイメージを明確にして、そこにたどり着くためのプロセスを分析・研究して設計するために「インストラクショナルデザインの理論・モデル」を利用する、と説明したと思います。 ADDIEモデルはこの「インストラクショナルデザインの理論・モデル」の「IDプロセスモデル」の1例にあたります。「IDプロセスモデル」は、教育のシステム設計を5つのプロセスに分けて、それを繰り返しながら、より良い教育システムを作っていくというものです。 5つのプロセス(基本モデル)はこのようになってました。 分析(Analysis)・・・問題・課題の洗い出しと分析、対象者や解決策の検討 設計(Design)・・・具体的なゴール設定、成果に結びつく学習目標、そのための手段などをデザイン 開発(Develop)・・・教材、ツールの開発、教授プランの作成 実施(Implement)・・・教材を使って実施 評価(Evaluate)・・・システムの評価、問題点の洗い出し このように、ADDIEモデルは、「分析(Analysis)」「設計(Design)」「開発(Develop)」「実施(Implementation)」「評価(Evaluation)」の5つのステップに沿って研修を設計・推進します。このプロセスを繰り返しながら、受講者の評価や研修・教材の問題点をフィードバックから改善しつつ、より良い教材を作っていくわけです。 では各項目をもう少し詳しく見ていきましょう。 ① 分析(Analysis) 一番最初のステップである「分析」では、理想と現実とのギャップを認識し、ふさわしいゴール(最終効果)を決めていきます。 例として、企業の研修者を対象にするならば、この分析のフェーズで決めることとしては以下のような内容を決めます。 研修の対象の設定 研修の内容の検討 研修の目標の設定 1番目の「研修の対象の設定」では、教育システムを受講する対象者を明確にします。課題から問題となる人を見つける、もしくは、現実に課題がある人にどうなって欲しいかなどを分析します。 2番目の「研修の内容の検討」では、そのためには、どのようなスキル、知識がターゲットとなるか「課題」を明確にし、それを身につけるのに適切な学習メディアを選択します。 その際にコストや利益、投資に対する金額的な見返りを計算することも大切です。 「課題」に対して、受講修了後の効果が、現実の仕事に役立つかどうかをしっかりと判断して下さい。 また「課題」がリーダー育成などの長期的経営の視点を必要とするものなのか、方策的(短期的)ニーズで、今すぐ必要な人材を短期で仕上げるのか、などによっても方法のチョイスが変わってくるかと思います。 3番目の目標設定は、具体的に「どういうことができるようになるか」まで、具体的に設定します。 (例)「◯◯について説明できるようになる事」「自分の判断で、○○について、□□ができる事」 ここを具体的に設定しないと、「受講しただけ」で終わることになってしまうからです。 ② 設計(Design) 「設計」のフェーズでは、目標達成に向けた具体的なカリキュラムの設計を行ないます。①の分析を元に目標達成までのステップをより明確にしてゆきます。この作業が研修の「設計図」を描くプロセスになります。 具体的には下記のようなことを決めていきます。 スケジュール 制作チーム 教材の構成 インターフェースデザイン 教材に統一感を持たせるためのルール決め サポート体制 学習結果の評価法 できるだけスケジュールは、メンバーの仕事量から考えて、適した期間を想定したいものです。特に、テストなどは時間がかかるので、あらかじめ余裕を持った期間を押さえる必要があります。 制作チームやサポート体制なども、設計フェーズでしっかり準備しなくてはいけません。特にサポート体制は実施フェーズに入る前にアサインを済ませておく必要があります。サポートが足りないと、せっかくデザインして教育システムの効果が落ちてしまうからです。 研修をブレンドするケースがほとんどだと思いますが、講義形式なのか、ワークショップ形式なのか、アクションラーニングを行うのかなど、条件によって必要とされるスタッフの数も違ってきます。 インターフェースデザインは、同じデザインロジックで作ります。教材を作る各講師に任せてしまうと、ユーザーは教材ごとに使い方のルールを覚えなおさなければいけません。必ずテンプレートなどを先に作り、デザインルールに沿って作ってもらいます。 そのためには、教材開発ツールの開発なども必要とされることがあります。 「学習結果の評価法」は、①で考えた行動変容の目標を数値化します。評価方法をしっかりとシミュレーションして、その評価方法が正しいかを見極める必要があります。 ③ 開発(Develop) ②デザインの過程で決められた仕様に沿って、具体的な教材の開発や購入、そしてeラーニングなど学習環境の整備も実施します。プロトタイプを作り、関係者でその出来を確認しながら、教材の数を増やしていきます。 e-Learningにおいては、利用時に想定される環境できちっと学習できるかなどを、開発時にしっかり確認します。また、学習者の心理にも配慮し、飽きないように、映像や写真・イラストなどビジュアライズしたり長期記憶に残るような工夫が必要になります。 こうして開発した教材は、使う前にテスターとなる人を手配し、ヒューリスティックなチェックや、教材の感想などを集め、ブラッシュアップしてから量産しないと、せっかくの作業が無駄になりますので、じっくり時間をかけて開発したいところです。 教材以外にも準備することは多々あります。例えば、運用段階で「アクセスできない」などのトラブルが発生するケースに備え、FAQやフォーム、最近ではSNSを使ったサポート体制など、学習に関する様々な用意を行います。 ④ 実施(Implementation) 実際に研修を実施したり、実装済みの学習システムを稼働させます。eラーニングなどであれば、事前に教材や学習者のリストをシステムに登録していきます。このフェースでは様々なデータを取得できるので、あらかじめ設計段階で運用時のチェック項目を立てておくと良いでしょう。 受講期間中に受講状況の確認やお知らせなどの通知、トラブル対応などを行い、正しく教材が利用できてるかを確認サポートします。 運用が始まると、システムや教材の使い方についてのサポートが必要となるだけでなく、学習内容やモチベーションなどもサポートする必要があります。 最近は、FAQなどの静的なページを用意する以外に、SNSや掲示板などで、関係者からだけではなく、学習者同士で相互に協力して学習を進めるのも、大きな効果が認められています。 ⑤ 評価(Evaluation) 評価については、事前に決めた評価法で検証し、研修後の受講者の習得度や行動変容などの教育効果の測定を行い評価します。課題を解決できる研修であったかどうか、研修結果を評価できる体制は機能したかどうかなども検証する必要があります。 知識やスキルが想定目標値にどのくらいたっせたか、時間・期間は適切だったか、落ちこぼれた人はいなかったかなどです。 これら研修全体や教材などの問題点を洗い出し、取得したデータは次回のデザインに役立てます。 この評価ですが、数値的なデータだけでなく、学習者にアンケートを書いてもらうなどもすると良いかと思います。 学習教材の評価では、「内容が正しく理解される作りだったか」「テキスト、動画、音声など、利用したメディアの選択は適切だったか」「テストは内容を正しく評価できているか」などを調査します。 コスト面も評価対象とされます。研修の置き換えなどでeラーニングにスイッチした場合は、比較してどちらが良かったのかを検証してください。研修とeラーニングをミックスした場合は、比率の検証も面白いかと思います。 最後に 前回に引き続き、インストラクショナルデザインについてのキーワードをご説明しました。企業教育も仕事と同様にPDCAライクに回す必要があります。インストラクショナルデザインで設計したシステムを、A→D→D→I→E→Aと繰り返すことで質を上げ、既成の教材や散発的な研修の実施よりも高い教育効果が上げられます。何よりも「行動変容」を目標にしていることで、将来の業績や成果に結びつく人材を育てることができるのです。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- インストラクショナルデザインとは
我々がeラーニングの学習教材の制作をする上で、意識している概念として「インストラクショナル・デザイン」があります。 インストラクショナルデザイン(ID:Instructional Design)は、直訳すると「教育設計」ですが、単なるカリキュラム設計ではなく、様々なプロセスやロジックに基づいて、その環境で最適な教育効果をあげる設計方法です。 インストラクショナル・デザインは学校教育の現場だけではなく企業教育の分野でも、研修企画や人材育成プログラムの設計に使われたりします。特に企業における研修の動機付けや、人が知識やスキルを習得するプロセスに則った研修設計方法など、IDを使って行われるのが今やスタンダードになりつつあります。 今回はこの「インストラクショナル・デザイン」について、かなり大まかではありますが、ご説明したいと思います。 目次 インストラクショナルデザインとは インストラクショナルデザインの歴史 インストラクショナルデザインの設計モデル インストラクショナル・デザイナー 最後に インストラクショナルデザインとは 前述のとおり、「ID:Instructional Design」は、「Instructional」が「教育・教えること」、「Design」が「設計」という意味なので、「教育設計」と訳されてます。 定義としては決まった文言はありませんが、「学習者に対してより効果的・効率的で魅力的な学習環境を設計・開発するための、システム的な教授方法・ガイドライン」という感じでしょうか。細かく区切られた学習・教育の単位が「インストラクション」と呼ばれ、それを目標を実現するために効果的にデザインするのがインストラクショナルデザインです。 インストラクショナルデザインでは、「学習理論(心理学)」「コミュニケーション学」「情報学」「メディア技術」などを利用した「インストラクショナルデザインの理論・モデル」に基づいて行われます。 このデザインを行う人を「インストラクショナルデザイナー」といい、学習ニーズを分析し、それに合わせてシステマティックな授業の設計を行います。インストラクショナルデザイナーは、専門職として大学などの教育機関で育成が進められています。 インストラクショナルデザインの歴史 インストラクショナルデザインの考え方は、第二次世界大戦中の軍事訓練から生まれました。 第1次大戦開戦当初中立の立場を取っていたアメリカは、戦争のダメージが少なかった為、兵士の育成システムは旧態依然としたままでした。ところが第二次大戦がはじまると、戦争の規模がさらに大きくなり、軍のダメージも拡大していきます。そのため大勢の兵士や技術者の育成に早急に取り組まざるを得なくなりました。そこで、学習者である兵士の行動やニーズを細かく分析、訓練を効果的に行うための設計が考え出されました。この設計方法は、新兵の練度を短期間で高めるための効率的な教育技法として成功し、戦争が終わってからも生産現場や企業の人材教育などにそのメソッドが持ち込まれていきます。 このように、米国では1980年代から企業研修にインストラクショナルデザインが導入され始めました。 日本では2000年ぐらいから、企業教育の現場でもインストラクショナルデザインが取り入れられ始めます。これは「eラーニング」が人材教育の手段として普及し始め、それに伴い、海外のeラーニングシステムに付随する形でインストラクショナルデザインの概念が普及したようです。 「eラーニング」は学習者の自由度が高い反面、「やる気喚起」や「学習習慣」、そして「行動変容」などの面で、対面式の研修より不安が残ります。そこで、eラーニングで効率的に学習効果を上げるために、早くからインストラクショナルデザインが採用されたのです。 インストラクショナルデザインの設計モデル 従来の研修は、学校の試験と同じように、学習者の「理解度」に目標設定されていました。そのため、教材のわかりやすさや、講師の教授スキルばかりに関心が集中していました。そのため、学習者自身に対する評価や、研修自体の効果測定の基準があいまいで済まされてしまうという状態でした。 そこで、インストラクショナルデザインでは、学習者の「行動変容」を最終的な学習の目標として、効果測定を「学習後に学習者の行動がどのように変わったか」というポイントで評価します。そして、学習後の学習者のゴールイメージを明確にして、そこにたどり着くためのプロセスを分析・研究して設計します。 その推進の際に用いる理論は大きく2つに分けられます。 1つ目は、全体の流れを設計する「IDプロセスモデル」で、有名な「ADDIEモデル」を使われることが多いようです。 ADDIEモデル 「ADDIEモデル(ADDIEプロセス)」は5つの基本モデルから形成されます。 「1.分析(Analysis)」のフェーズでは、組織が抱える問題や課題を分析し、解決策として研修や教材をどう使えばいいか、またどのような人材を対象者として選べばよいかなどを考えます。 「2.設計(Design)」のフェーズでは、まず対象者は何ができず、受講後は何ができるようになっているべきかの具体的なゴールを設定します。そして、それを実現するために業績や成果に結びつく学習目標の設計や、eラーニングや研修参加など「手段」を決めるなど、内容をデザインしていきます。そして、効果の測定法や評価指標などを明確化します。 「3.開発(Develop)」フェーズは、教材、ツールの開発、教授プランの作成などです。自分たちで作るのか、業者に委託するのか判断し、開発します。 「4.実施(Implement)」フェーズでは、開発した教材を実施し、都度テストや履歴などのデータ収集し、アンケートなどで学習者からのフィードバックをもらいます。 「5.評価(Evaluate)」フェーズは実施後の評価のフェーズです。目標通りにできるようになったか、研修全体の方向性チェック、実施してみてわかった問題点の洗い出し、次の実施への解決策提示を行います。これを繰り返しながら、効果の高いインタラクションのシステムをデザインしていきます。 この「ADDIEモデル」については、次のキーワードの回にもう少し詳しくご説明いたします。 「ADDIEモデル」はインストラクショナルデザインのプロセス面のフレームワークですが、詳細な研修の内容や学習方法を具体的に検討する際に使われる「IDモデル」というのもあります。こちらは「ARCSモデル」が有名です。「ARCSモデル」はこのコラムの既出キーワードですので、こちらをご参照ください。 そして、IDモデルの特徴としてモチベーションに対する対策が組み込まれているのもポイントです。つまり、研修中や研修終了後もモチベーションが維持できるような研修を設計しなくてはいけません。学習者のモチベーションを常に喚起する「仕掛け」をデザインを施すことで、学習中のモチベーション維持だけでなく、そのコースが終わってから、さらに「もっと学びたい」という学習意欲を醸成する事も可能となります。 このようにインストラクショナルデザインは、「IDプロセスモデル」と「IDモデル」を用いながら、システマチックに段階を追って研修を設計します。そして、各ステップで研修を実践・評価する事で、より効率的な学びが実現できるのです。 以上がインストラクショナルデザインの特徴です。次は、このインストラクショナルデザインをデザインするキーマン、「インストラクショナル・デザイナー」についてです。 インストラクショナル・デザイナー 米国では1980年代からインストラクショナルデザインが企業研修に導入され、大手企業では専属のインストラクショナル・デザイナーを抱え、独自の研修デザインが行われていました。 インストラクショナルデザインでは、「学習目標」「教育内容」「評価方法」を首尾一貫したものとして計画し、成果の見える学習環境をデザインする必要があります。インストラクショナルデザインの理論・モデルを駆使して、学習環境の分析・評価・設計・開発などを行う専門職を「インストラクショナル・デザイナー(IDer)」と呼びます。 インストラクショナルデザインの概念を生み出したアメリカでは、 インストラクショナル・デザイナーが専門職としてしっかりした地位が確立されています。大学や大学院の教育分野を専攻することでインストラクショナルデザインを学ぶことができます。また、IDerの資格認定制度も存在します。教育機関だけでなく、企業のコンサルや企業内の教育担当者もこの資格を取得して、企業教育のインストラクショナルデザインに従事するようになりました。 日本においても、2005年に青山学院大学のeラーニング人材育成研究センター(eLPCO)で専門職養成課程を設置されました。 2006年には、熊本大学大学院に「教授システム学専攻」という専門課程が設置され、フロリダ州立大学でインストラクショナルデザインを研究した鈴木克明教授によるインストラクショナルデザインの理論・モデルを適用したeラーニング設計・開発専門家の養成が行われています。 最後に インストラクショナルデザインは、頭で理解したかどうかではなく、行動できるかどうかを目標にしていると説明しました。 「知る」「理解する」といった「頭で理解したかどうか」より、「行動できるかどうか」という目標が良い点は、「具体的に○○することができる」といった評価者が見て観察可能な評価方法であるという点です。目標を「理解」ではなく「行動」に設定することで、確実にスキルを評価できます。 また、デザイン時にプロセスの中にあらかじめ分析方法を決めて、それに必要なデータを取るので、次にIDをする際により精度の高い改良が可能になります。こうしたサイクルを繰り返して、より効果的な研修・学習システムを作り上げることができます。 これらインストラクショナルデザインの特徴は、eラーニングを使った企業教育、特に研修とミックスしたブレンデッド・ラーニングにマッチしています。 企業戦略を着実に遂行するには適切な能力を持った人材が必要です。インストラクショナルデザインを活用し、最適にデザインされた研修・学習システムを作成していくことで、将来の業績や成果に結びつく学習の効果と効率を最大限に伸ばすことができるのです。 次回は今回触れた「IDプロセスモデル」で有名な「ADDIEモデル」についてもう少し詳しくご説明する予定です。 最後までお読みいただきありがとうございました。
- T型人材とは
時代のニーズに合わせたキャリア形成の重要性が叫ばれています。人材育成をする上で、「こういうタイプの人材が欲しい」というイメージは各社お持ちだと思います。今回はその「理想タイプ」としてよく話題に上げられる「T型人材」と、それ以外の他のタイプについても、簡単ではありますが、ご説明したいと思います。 目次 T型人材とは T型人材の特徴 T型人材を育てていくには その他の「○型人材」を見てみる 最後に T型人材とは かつて日本経済は、専門分野に特化した人材によって支えられていた歴史があります。それら特定の領域に特化するスペシャリストは「I型人材」と呼ばれました。特に研究開発やものづくりの現場を中心に、スペシャリストであるI型人材を重要視する風潮があったと思います。 1970~90年代の欧米追従型の研究開発では、既存の技術の改良や製造手法の高度化、生産管理の洗練といった方向で日本人の良さが発揮されたため、これらの専門性を徹底的に深堀し、突き詰めることができるタイプの人材が求められたのです。 しかし時代は変わり21世紀を迎えると、グローバルな競争を勝ち抜くには、旧来の追従型とは異なる創造性の発揮が必要となります。つまり「自ら新しい価値を生み出す」ことができる人材です。言い換えれば、1つのジャンルの専門家である「I型人材」ではなく、より創造性のある人材が必要とされるようになりました。専門分野を持ちながらもグローバルな視点を持つ人材、その役割を期待して打ち出されたのが、「T型人材」という人材像です。 「T型人材」は、「専門分野 + 幅広い知見」を持ち合わせた人材で、「シングル・メジャー」と呼ばれることもあります。T型人材の前段階は、先ほど説明した専門分野の深い知識を持つ「I型人材」、つまり「スペシャリスト」です。 「I」とか「T」といったタイプのアルファベットは言葉の略称ではありません。I型人材の「I」は、専門性の高さが縦軸で表現されています。T型人材は、I型人材に横棒の「-」をプラスした人材のことです。「T」の形のように、下方向に深く知識を持ちつつ、横方向に広がる幅広い知見を持ち合わせている人材を表しています。つまり何かひとつの専門分野に精通して深い知識を持ちつつ、他の分野に対しても幅広い知識と知見をもつ人材が「T型人材」です。専門分野をひとつ持っているから「シングル・メジャー」なのです。後述しますが、これに対して2つ専門分野を持った「ダブル・メジャー」と呼ばれる人材もタイプもあります。 情報社会への変化とともに価値観が多様化する現代において、モノづくり現場だけでなく、ビジネスにイノベーションを起こすためには、ジャンルの異なる分野との融合によるシナジー効果やクロスファンクショナル、つまり分野横断的な発想が新しいイノベーションを生み出す鍵とされています。だからこそ、専門知識を活かして幅広い分野で活躍するT型人材の能力が、企業の成長に必要不可欠な要素として求められているのです。 T型人材の特徴 専門分野を持たず、幅広く薄い知識しか持たない人材は、ほかの人材との優位性を保つことが難しいのは言うまでもありません。また、いくら深くて膨大な専門知識を持っていても、その分野に固執し過ぎると他の分野に展開することができなくなります。 T型人材は、I型人材が進化した人材と言われます。I型人材は、専門分野に精通したスペシャリストのことでした。I専門分野に対しては高い知識や能力を有しているため、研究開発分野の開発者や技術職、職人などの専門職として活躍してきた人材です。しかし、IT技術やテクノロジーの劇的な進化とともに、専門領域で能力を発揮してきたI型人材の役割が薄れつつあると言われています。 T型人材の特徴は「スペシャリストであり、ゼネラリストでもある」と言うことにつきます。専門分野に特化したスペシャリストと、幅広い知見をもったゼネラリストが融合した人材なので、専門分野に関する知識を基本から応用まで深く理解する能力と、専門外の領域まで視野を拡大して柔軟に活用する能力を持ち合わせています。つまり、物事に対して2つの側面を併せ持った多様性がある人材なのです。 また、このタイプは「アナロジー思考に優れる」という特徴もあります。「アナロジー」とは、「類推」の意味で、「似ている事由を推し量る」ことです。つまり「アナロジー思考」とは、新しいアイディアをゼロから発想するのではなく、すでに存在しているものから発展させてアイディアを生み出すことを意味します。T型人材は、アナロジーな思考能力を有しており、専門知識に裏付けされた客観的な視野で、新しい価値を創造していくことができます。これこそまさにビジネスシーンで必要とされているイノベータータイプなのです。 T型人材の必要性 文部科学省の科学技術・学術審議会が、2002年夏に発表した「世界トップレベルの研究者の養成を目指して」という提言において、「幅広い知識を基盤とした高い専門性」こそが、これからの時代の研究者に必要とされる「真の専門性」であると述べられています。まさにこれは「I型人材」から「T型人材」への転換が必要だというメッセージです。 世界的に有名なトップ企業でもT型人材が必要とされています。シャープの町田勝彦会長はかねてから「T型人間たれ」と提唱していました。町田氏は、「これからのものづくりに大切なのは技術の融合であり、それを実現するためにはT型人材の育成が不可欠だ」と強調しています。特に「技術者は放っておくと、I型人間の集団になってしまう。会社は意図して、ローテーションや研修制度の導入を行っていく必要がある。Tの横に広がったノリシロの部分が他の人とくっつくことで、化学反応が起こり、新たな製品や技術を生み出せる」と、開発の現場にありがちな狭い視野でもがくI型人材の変化を求めています。 アップルコンピューターのマウスをデザインしたことでも知られるデザインコンサルティングファームIDEOでは、T型人材を育てることでたくさんの革新的なプロダクトを生み出していきました。CEOのティム・ブラウンはT型人材について、「自分の核となる深い専門知識をもつ側面」と「コラボレーションによって専門外の技能を広げられる側面」を併せ持った人材だと評価しています。まさにT型人材を育てることで、IDEOはデザイン思考を可能にし、数々のイノベーションを成功させてきたのです。 特にデザイン思考を推進している企業では、いままでの専門家によるモノづくり手法に捉われずに、技術者も企画者もデザイナーも総出でモノづくりに関わることで、革新的な製品を生み出すことに成功しています。 T型人材を育てていくには では、T型人材を育てていくにはどういった人材育成をすればよいのでしょうか? 当然ですが、スペシャリストとして専門性をより深く進める教育と、ゼネラリストとして幅広い視野を身に着ける教育が必要です。 具体的に見ていきましょう。 専門性を高める教育 T型人材は、スペシャリストとして自分の専門分野に精通した知識と能力を持つことが必要です。専門性の高い知識やスキルを伸ばすためには、まずは業務に深く携わり仕事を進めます。そのうえで、さらに基礎知識をより深く専門的に学べる研修制度を導入します。 研修を通してT型の基本となる「I」の部分を伸ばす人材育成を行います。 幅広い視野を身に着ける教育 次に、「T」の「-」横棒の部分、つまり横方向に広がる幅広い知見を身につけるにはどうするかですが、よく使われるのが「ジョブローテーション」を取り入れて、それにより幅広い知見を養う手法です。 一つの分野のみに従事すると、なかなか他分野についての知識や知見を増やせません。ずっと同じ部署だとスペシャリストになることはできても、視野が狭く他の分野との協調性に欠ける存在になる危険性があります。 そこで制度として定期的に他部署へのジョブローテーションを実施し、他の分野で働く経験をすることで、複数の分野にたいする知見を養うことが可能です。固定観念に囚われない柔軟な思考を養う仕組みを整えることで、優秀なT型人材を育成することが出来るのです。 また、部署を横断するようなプロジェクトに参加することも有効です。プロジェクトを通じて他分野の社員と交流し、タッグを組んで進めていくことで、様々な意見を受け止め、固定観念にとらわれず柔軟に対応できる力を養うことができます。 経営者目線の視点も必要 T型人材にビジネスのイノベーターとしての役割を求めるのであれば、経営者目線で見渡せる視野を持つようにすることも有効です。具体的には、部署の枠を超えた全体会議や経営層に近いメンバーとの企画系会議に出席させます。ビジネスを考える上で、経営者目線から全体を見渡す視野は不可欠です。企画や営業会議に参加して、積極的な問題提起や議論を交わせる場を作ることで、T型人材はさらに成長します。 その他の「○型人材」を見てみる 「○型人材」という表現は他にもいくつかあります。最近では、リーダーに求められる理想の人材像として、T型をさらに進化させた「Π(パイ)型人材」にも注目が集まっています。その他の「○型人材」を見てみましょう。 一型人材 一型人材は、専門分野に関する知識は浅いですが、代わりに幅広い分野をこなす能力を有している人材のことを指します。ゼネラリストとも呼ばれ、広い分野にわたる知識やキャリアがあるものの、特定の専門性を持ち合わせていないのです。企業においては、管理職や総合職に多い人材型です。一型人材はどのようなキャリアを積んできたかにより、能力に大きな差が生じます。 I型人材 すでに説明した通り、専門性の高いスペシャリストを指します。かつて日本企業が重用した、1つの専門ジャンルを極めた人材、特に技術職に多く、営業や企画など異動の多い職種では少ないタイプです。 Π(パイ)型人材・π型人材 T型人材が、一つの専門性にたけているのに対し、π型人材はもうひとつ柱、つまり、異なる分野2つ以上の専門的な知識を極めた人材です。Π型人材の「Π」は、「T」に縦棒を一本追加することで、複数の専門性を表現しています。「ダブル・メジャー」とも呼ばれます。 Π型人材は、「T型人材をさらに進化させたタイプ」ともいわれ、複数の専門性の融合による新たな価値観を創造し、他の分野へ視野を拡大しながら能力を発揮するととができることから、ひとりでも独創的な発想をすることができるのが特徴です。まさにイノベータータイプです。 H型人材 「H型人材」は、縦に2本の柱がある点でΠ型と形が似ていますが、横軸の意味が少々異なります。H型人材の「H」は、強い専門性を誇る分野が1つあって、横軸の-で他人の専門性を繋げる能力を持ちます。個人の能力を表現するT型人材やI型人材と比較して、H型人材は人と人を繋ぐコミュニケーションスキルに優れた人材を指しています。まさにビジネスの「架け橋」となる人材です。 このような他者との連携をする力を持つH型人材は、ビジネスに新たな価値観や創造性を生み出す「イノベーション人材」として、T型・Π型人材とは違った形で社会に貢献する存在として期待されています。 最後に 最後に色々な「○型人材」を紹介しましたが、果たしでどの人材タイプに焦点を当てて育てるべきでしょうか?専門分野はしっかり押さえなくてはいけませんが、ビジネスをするにあたり、現代の社会では、何よりも幅広い知見をもつことでより柔軟に対応できる強い人材が必要だと思います。実際問題として、人材資源として価値のあるΠ型やH型は育つまでにだいぶ時間がかかると思います。 また、すべての人材がΠ型やH型でもうまくいかないでしょう。なぜなら、これらのタイプは「まとめ役」「リーダー」として、他のタイプの上に立つほうが機能的であり、配下の他の型がある程度数が多いほうがプロジェクトが潤滑に進むかもしれないのです。したがって、人材育成をするにあたりまず育てるべきは、プロフェッショナルたる深い専門知識を持ち、他の幅広い分野でも活躍していける広い視野を持ち合わせた「T型人材」で、その割合を増やすことに注力すべきかと思います。 時代が求める人材像は、「I型人材」から「T型人材」、そして「π型人材」へと、注目が移り変わってきています。しかし、専門性を極めた人材というのは新卒採用で発掘できるわけはなく、計画的なキャリア形成を考え、研修・教育プログラムによって育てるしかありません。つまり「どんな人材を育成したいのか」という、明確な目標を定めた研修プランの立案が求められているのです。 最後までお読みいただきありがとうございました。