前回は「ダイバシティ」の意味をご説明しました。ダイバシティの歴史や企業に取り込むとどうなるか、メリットや課題などをご説明いたしました。
今回は少し具体的な話として、具体的な運用や推進するための施策としての「ダイバシティマネジメント」についてご説明させていただきます。
目次
ダイバシティの本質は「視点の多様性」
前回のおさらいですが、(特に日本で)ダイバシティが誤解されている点として、必ずしも「ダイバーシティ=女性活用ではない」ということがありました。
表面的に見ると、性別・国籍などの単なる人材の多様化と理解されている場合が多いのですが、本来は「市場の要求の多様化に応じて、企業側も人種、性別、年齢、信仰などにこだわらずに多様な人材を生かし、最大限の能力を発揮させようという考え方」です。
つまり、「ダイバーシティの本質」は、性別・人種の多様性ではなく、その人達の持つ「視点の多様性」なのです。いろんな視点をもった様々な属性の人を集めて、彼らの物事の捉え方や分析・評価を「視点」としてビジネスに活かしていくことです。さらに、その多様な視点が活かされる組織づくりをしていくことが経営者の役目であり、それができる企業が、ダイバシティな組織として、社会からも認められ、支持を得て成長するのです。
では「多様な視点が活かされる組織」とは、どういう組織なのでしょうか? それは性別・人種だけでなく、様々な背景、出身、年齢などの多様な人が採用され、それらの人たちが自分の考えを提案したり議論できる場や研修機会などがあり、正当な人事評価がされ、社内でのキャリアの道も開かれ、平等に裁量や出世機会が与えられるような組織です。
そのような組織にするためには、単純に女性やトランスジェンダー、外国人などを雇うだけではだめでした。異質ゆえの表現差や考え方の違いなどから、軋轢・摩擦・対立・誤解が発生し、それがチームワーク・パフォーマンスの低下や大きなトラブルに発展する危険をはらんでいるからです。
ダイバシティ推進の施策について話す前に、このトラブルを引き起こす摩擦や誤解のもととなる「偏見」について、もう一度考えてみたいと思います。
誰にでも潜在的にある「無意識の偏見」
ダイバシティ推進の課題として、表立って目には見えないが、実は大きな問題として「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」があります。 社会人としてしっかり生活できている人は、「自分は偏見(バイアス)など持たず、良識的で、客観的に行動できている」と信じているかと思います。しかしながら、実験研究や調査結果により、誰でも人間はみなバイアスを持って人と接してることが明らかになっています。
ではその「偏見(バイアス)」とは一体何なのでしょうか?
辞書的には「偏った見解。中正でない意見。客観的な根拠なしに人や集団を判断すること」とあります。 「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」とは、「自分自身が気づかずに持っている偏った見方・考え方」と言う意味になります。
この「無意識の偏見」は、さまざまな望ましくない影響を組織にもたらし、ダイバーシティ推進の阻害要因となると言われています。 それは、人が「偏見」により、瞬間的に事実やデータに基づかずに、人や集団を判断してしまうからです。この際に十分な根拠なしに行っているため、正しくないことが多々あり、「偏見」はさまざまな場面での意思決定にゆがみを与え、まちがった判断に導いてしまうのです。
例えば、「若い社員は根性がない」「女性は気が弱いので管理職に向いていない」「年配の社員はパソコンが苦手である」「アメリカ人は仕事より家庭が大切」といった感じです。 こうした偏見は、些細な言動という形で表れ、職場の人間関係やパフォーマンスを悪化させます。また、こうした偏見が、採用、評価や昇進などに影響を及ぼし、女性や少数派の管理職率の低さという結果の原因になっていると指摘されています。
このように無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)は、組織と個人へネガティブな影響を与えます。残念ながら無意識の偏見を完全になくすことはできません。しかし、あきらめずにダイバシティを推進する中で、自分自身の持つ無意識の偏見に気づかせることが大切です。そして、無意識の偏見について認識し、正しい知識を身につけることで、意識して適切な行動を取ることができるようになるはずです。
「無意識の偏見」は課題の一例ですが、ダイバーシティをうまく機能させるためには、さまざまな努力が必要です。そのためには、後程説明する施策や「ダイバシティ・マネジメント」で、アンコンシャス・バイアス研修やトレーニングを取り入れ、社員の意識を高めていく必要があります。
ダイバーシティ・マネジメントとは
ダイバーシティを効果的に進めることができた企業は、多様な社員の違いを戦略的に活かすことで企業の競争力強化につなげています。 マネジメントにより、「多様な社員の違いを受け入れ、戦略的に活かすことで企業やチームの生産性やパフォーマンスの向上を図る」ことが、「ダイバーシティ・マネジメント」です。
「ダイバーシティ・マネジメント」にはいろいろな定義があります。
wikiでは「個人や集団間に存在するさまざまな違い、すなわち「多様性」を競争優位の源泉として生かすために文化や制度、プログラムプラクティスなどの組織全体を変革しようとするマネジメントアプローチのことである。」とあります。 またハーバードビジネスレビューでは、「誰も有利または不利にせず、全従業員が生産性高く働くことができる環境を築き上げる統合的なマネジメントプロセス」と定義しています。
一般的には、「多様性を促進し、最大限活用することにより、企業パフォーマンスを向上させる環境を創る組織的プロセス」と言われます。 ダイバーシティ・マネジメントは、プログラムではなく、プロセスと言われるのは、あらかじめ決められた手続きや数値目標ではなく、実際の取り組みのプロセスで問題点や解決策が見つけ出されるといった、長期的な観点が重視されているからです。
ダイバーシティ・マネジメントの流れ
では自社のダイバシティ化を目指して、ダイバーシティ・マネジメントを始めるには、どういった流れで行えばいいのでしょうか?
ここでは、従業員のほとんどが日本人である企業をイメージして見てください。
① 組織のトップが多様性向上を目標として宣言する
企業文化はトップが「今日から変える」と言ったからと言って、すぐ変わるものではありません。しかし、長い道程であるがために、トップが最初にゴールを示してあげる必要があります。また同時に、何故これがゴールであるかも示す必要があります。「これからのグローバルな競争で勝者になるためには従来のやり方だけでは不十分なので、戦略の多様性を高めることを目標に、5年かけて社内の多様性を高める」などと全社員に向けてビジョンを宣言してもらうことが必要です。
宣言のポイントとしては、具体的な数字を盛り込むことも大切です。 例えば「2025年までに、10か国以上の海外拠点の国籍の社員を本社の5%にする」と言った感じです。すると社員は目標に向けて期日までに、「各々が何をしなければならないのか」をイメージしやすくなります。
② 評価制度に「多様性向上への貢献」を組み込む
会社のビジョンに社員が賛同し、いくら多様性向上に取り組んでも、それが昇給などの形で評価されないことだとしたら、次第にモチベーションは下がってしまうかもしれません。それを防ぐ意味でも、「多様性向上に注力した社員を評価する」ことは必要です。特に管理職の評価制度に「多様性向上」を組み込むと効果的です。 多様性を高めた上で好成績を収めたチームを社内報で大きく取り上げるなども良い取組みです。
このように社員の動機付けをし、多様性向上に自発的に取り組むよう差し向けることが重要です。 気を付けるのは、多様性向上に貢献しなくても給料は下がらないが、貢献すると給料が上がる、というインセンティブのような位置付けにするなどにしないと、社内で反発が生じるケースもあります。単に評価項目として加えて、結果、給料が下げられてしまうと、そのマイナスの感情がメンバー間の軋轢に転じる恐れがあるからです。新しい概念を評価制度に組み込む際には、細心の注意が必要です。
③ 研修など多属性のディスカッションを訓練として定期的に行う
ダイバーシティが目標として決まれば、次は「多様性を受け入れる訓練」を行います。 しかしながら、実際に「多様性ある人材を受け入れる」には時間もかかりますし、何より人材が入って来ていきなり衝突しないように、既存のメンバーの意識を多様化に対応させておく必要があります。
例えば、今の段階で人種や男女比率が「多様性でない」組織の場合は、多様化する前の準備として「部署や階級を越えたグループ」で実施することにより、実際の多様性に近い訓練になります。
具体的には、営業・開発・マーケティング・人事など機能の違う各部署が、管理者と社員を同じ部屋に集めます。そして、「自社の強み・弱みとは?」「自分の立場から見た自社の課題とは」「顧客から見た自社のイメージとは」「今後の自社の方向性は」などを議論させます。 おそらく各部署、立場が違えば、出てくる意見も異なると思います。そうすることで、一方が見えていないことを相手は見えているということを認知させるのです。つまり、一方の立場からだけでは知り得ない情報を共有することができる「場」を用意してあげるのです。 このようなディスカッションを毎回違う構成員で定期的に行うことで、違う考えを持つ人同士の関わり方に組織全体が慣れていく訓練になります。 こうした訓練を「多属性ディスカッション」と呼んでいます。
“(参考)多属性ディスカッションはどの企業でも役に立つ”
現状の「社内に眠る多様性」を利用して、組織のダイバーシティ訓練を可能にするのが、「多属性ディスカッション」です。部署や階級が違えば、考え方は大きく異なります。
例えば、経営層や管理職は数字を通して「大局」からものごとを考える一方、末端の社員や現場の責任者は、顧客や実務を通して「個」からものごとを考えるのではないかと思います。もちろん双方正しいのですが、逆の立場から考えることは極めて難しいため、下は「上はわかってない」、上は「現場はなにをやっているんだ」といった不満が生じます。こうした社内に眠る多様性から生じる問題があるということは、部署や階級間でのダイバーシティマネジメントがうまくできていない状態と言えると思います。これを「多属性ディスカッション」で解決していくのです。
④ チェンジエージェントを見つけて活用する
「チェンジエージェント」とは「変化の触媒となる人材」のことを指します。自社内で「チェンジエージェント」を見つけ、ディスカッションのファシリテーションをさせると効果的です。
チェンジエージェントは誰でもできるわけではなく、向いているタイプがあります。 具体的には「複数の部署での勤務経験を持っている」「敵や味方を基準にものごとを考えず、目標を基準にものごとを考える」「合理的で意欲的」なタイプです。チェンジエージェントが部署や階級の橋渡しをすることで、建設的な、質の高いディスカッションができるようになります。
①②を社員に周知することにより、社員の目標となり、動機が生まれます。 ③④は多様性を受容し、活用するための訓練です。
ダイバーシティマネジメントは一朝一夕では成りません。長い年月をかけて行って、はじめて成果が表れるのでハードルが高いのです。それでも世界のトップ企業がこれに取り組むのには、それだけの価値があるからです。
ダイバシティ推進施策 「ダイバーシティ講演」
ダイバーシティの推進には、多様性を尊重する職場環境を促進してチームワークを高め、全社員が平等に組織に参画できるようにする必要があります。「ダイバーシティ講演」は、ダイバーシティの基本的知識をはじめ、ダイバーシティ推進に必要な意識と行動変革に関わる内容を講演するものです。
講演の内容としては、以下のような内容が話されます。
ダイバーシティ講演の内容
労働人口構成や社会環境の変化とその影響を学びダイバシティの必要性を知る
ダイバーシティの基本的知識を学び、組織の多様性とは何かを理解する
ダイバーシティのメリットと課題を理解する
自らの偏見を知り、「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」に気づく
「ダイバーシティ」と「パフォーマンス」の関係を理解する
事例を通してダイバシティの認識を深める
ダイバシティ推進施策 「ダイバーシティ研修」
ダイバーシティの研修例には、基礎的な内容を学び、偏見を取り去り、チームワークを高めるための「ダイバーシティ研修 (管理職・一般社員向け研修)」と、ダイバシティ環境をマネジメントし、スムーズな活動を維持する「ダイバーシティ・マネジメント研修 (管理職向け研修)」があります。
一般社員向けの「ダイバーシティ研修」では、ダイバーシティの基本と本質を理解し、多様な人たちと効果的に協働し、チームワークと生産性を向上させていくための知識、意識とハウツーを学び、組織と個人の成長へつなげます。 具体的には、ダイバーシティの基本と本質の説明、チームワークと生産性を向上させていくための知識を身に着け、具体的な演習やディスカッションを組み入れ、参加者同士の意見交換と経験の共有化を促進し、お互いに刺激しあいながら学んでいきます。意識と行動変革の両面から、ダイバーシティを「体得」するのが目的です。
「ダイバーシティ・マネジメント研修」は、主に職場環境のマネジメントを司る管理職に向けの研修です。 異なる属性、背景や価値観を持つ部下を上手にまとめ、チームの目標達成に導くダイバーシティ・マネージメントの意識、知識とスキルを学び、職場での実践へつなげます。 講義等で「ダイバーシティ」と「パフォーマンス」の関係を理解させ、従来のマネジメントとダイバーシティ・マネジメントの違いを認識することから始めます。ダイバーシティ・マネジメントの具体的な知識とスキルを学びます。 例えば、メンバーが持っている「無意識の偏見」への対応を考えたり、マネジメント実践へ向けての行動計画を作成するといったことも行います。 演習やディスカッションを組み入れ、参加者同士の意見交換と経験の共有化を促進し、お互いに刺激しあいながら学びます。
ダイバーシティ導入の成功事例
それではここで、国内のダイバーシティ導入の成功事例を、概要ですが、いくつかご紹介してみたいと思います。
ベネッセホールディングス
ベネッセと言えば、「教育・子育て」などの生活者の視点が重要なサービスを展開しており、女性の活躍推進には四半世紀以上の歴史を持つダイバシティ企業です。従業員の55.4%が女性であり、管理職も32.1%を女性が占めています。女性のライフキャリアの研修や、ワーキングマザー向けの他社社員との座談会など女性のワークスタイルを支援する取組みも先進的に行われてきました。
さらに「多様な人材を受け入れられる風土、障がい者雇用もあたりまえになっている状態」を目指し、障がい者雇用率も2.11%となっています。国内だけでなく、グローバルな人材を東アジア中心に、70以上の国と地域で人材を採用しています。
日本GE株式会社
日本GE株式会社はトーマス・エジソンが創業した米ゼネラル・エレクトリック(GE)の日本法人で、家電から不動産ファイナンスまで幅広い分野でビジネスを行う企業です。
ダイバーシティ経営のための取組みとして、「人材育成と研修制度の充実」を推進し、その結果女性のキャリア育成が促進され2014年での女性管理職は27%となりました。経済産業大臣表彰「平成26年度ダイバーシティ経営企業100選」にも選出されています。
他にも「GLBTA(ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダー・アンド・アライズ)」などの活動も盛んに行われています。
日産自動車株式会社
日産自動車では、研修やメンター制度などの活動を推進するダイバーシティ専門の部署を設置しています、「ジェンダー・ダイバーシティ」に力を入れており、女性幹部職は6.8%(2014年)であるのを、2017年までに女性幹部職を10%にする事を目標に掲げています。
その結果、女性に非常に人気のある人気車種「ノート」の開発をはじめ、女性の登用で多くの利益を生み出しました。
また多様性のある客層に対応ができる優秀な従業員の維持に成功しており、世界約170カ国で展開する日産自動車にとっては事業運営の要とも言えます。
日本IBM株式会社
IBMはアメリカで「機会均等法」が制定される以前に、初めて黒人女性を雇用した企業です。それだけに、ダイバーシティへの着目が世界的に早く、1998年に「女性活躍推進プロジェクト」をスタートさせています。 世界的にも早い段階からダイバーシティ・マネジメントに取り組んできたIBMは、「人種・肌の色や宗教に関わらず平等な条件で雇用する」と機会均等ポリシーを発表してから既に50年以上が経過しています。
現在では、「女性の能力活用」だけでなく、「管理者層の多様性の促進」「文化的相違の受容と認知」「障がいのある人々およびLGBTの能力の最大化」「ワークライフバランス」など、さまざまなダイバシティ・マネジメントを行ってきた企業です。
サントリーグループ
サントリーグループは特に「障碍者雇用」の面で先進的に取り組んでいる企業です。障がい者手帳を持つ従業員に特別休暇を与える「ハンディキャップ休暇」など働きやすさを追求した様々な制度を導入しています。
2011年にダイバーシティ推進室を設置し、2015年より全従業員に向けた「サントリーグループ・ダイバーシティ通信”いろどり”」を発刊ました。このダイバーシティ通信「いろどり」は、経営トップメッセージや現場事例の紹介、また実際に障がいを持ちながら働く社員などを紹介し、ダイバシティの取り組みを啓蒙するためのツールとして活用されています。他にも「障がい」「LGBT」など様々なテーマのセミナーを実施しており、後にDVD化されたものは延べ3,300名に視聴されています。
最後に
「ダイバシティ」の考え方は、外国人の子女が学ぶ学校などでも教えられています。つまり、教育の過程でも、多様な価値観の中で考え、影響を受けながら学ぶという「ダイバーシティ」の考え方は、これからの時代において非常に大切なのです。
21世紀は、世界的に加速度的な変化が進み、国内外での競争が激化しています。いずれ競争力を得るためのイノベーションが生まれ、日本でも移民が始まり、人々の属性や価値観、消費者ニーズも多様性します。 今の会社組織は、もはや過去の日本的年功序列制度のように、定年までのんびり働いていればOKのいう場所ではなくなりました。常に自分を高め、いかに組織に貢献するかが問われる時代になったのです。
違ったものの見方ができる人が集まる組織が、健全であり、強いのです。そして、この多様性がビジネスにおける競争力の源泉となるのです。実際にダイバーシティを効果的に進めた企業では、多様な社員の違いを戦略的に活かすことで企業の競争力強化につなげた事例が数多く出ています。社員一人ひとりの違いが不利にならず、全社員が持っている能力と可能性をフルに発揮して貢献できるよう、ダイバーシティを推進していくことが企業の将来の繁栄へつながっていくでしょう。
ダイバーシティ施策が単なる福利厚生や社会的責任で終わってしまわないように、自社のダイバーシティの定義と属性を決め、推進理由と企業メリットへつなげる具体策を説明し、全社に浸透させる必要があります。そして、ダイバーシティ環境を整えながら、社員一人ひとりがダイバーシティへの正しい理解を共有化し、実践に向けての意識と行動変革を促していくのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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